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    September 25

    ホウレンソウ

     最近、風邪気味、ダウナー。先週の15日に大きな仕事が一つ終わり、気が抜けたのだろうか。心も体も下降線を描いている。
     
     昨日は風邪がひどくなり、予定していた歌舞伎鑑賞も欠席。ああ、チケットがもったいない。
     今日になってだいぶよくなったが、時々メールなどしつつゆっくり過ごしていた。すると、電話が1本。
     
     「○○さん、今日ひま~?」おっさんの声がした。高校時代の悪友のAだ。今は秋田大で働いている。宇宙関係の仕事で活躍中。
    それに、近所に住むIを加え、三人で荻窪で飲むことになった。私は正直、風邪が治りきっていないので渋ったが、このメンバーも最近は集まる機会がめっきり減った。これを逃すと来年まで3人が会えないかもしれない。だから会うことにした。
     
    中高一貫の男子校なので、気心は知れている。お互い方言丸出しで、お互い突っ込みあいながら会話は進んだ。あんなにくつろいで笑ったのは久しぶりかもしれない。下品というか、遠慮もなく言いたいことをズバズバ言う。「おまえ、東京に来たり外国行ったりばっかりみたいやけど、奥さん大丈夫なんかあ~」「離婚間近なんとちゃうん~」などなど。
    Aは、大学生に対して、いつも「なっとらん」と不満をぶちまけ、実際に学生に説教を垂れているのだが、ついに先日、学生から「先生は説教しすぎでうるさい」というような内容のことをメールで言われたらしい。彼は、自分は優秀だが学生がダメダメで、その学生を教え導くのが自分の仕事だと思っている、とんでもないやつで、その話を聞いた私とIは、同情するどころか、「さもありなん」と大きくうなづいていた。でも、彼はそのことが相当ショックだったらしく、他の二人の話をしているときでも自分のその話を蒸し返していた。ふう~。
    その話の中で、そのメールも含め、学生がなっていないので、つい2、3日前にも「ほう・れん・そう」を徹底せよ、とのメールを出したのだ、との話題が出た。正直、食べていたものを吹き出しそうになった。会社じゃあるまいし。「報告、連絡、相談がなっとらんのよ」最近の会社じゃ言う人あまりいないよな~、と思っていたら、隣のI(大手商社勤務)が一言「ほうれんそう、とか言う上司にろくなやつおらんよな~」とばっさり。本当にその通り。ずっと前、学習塾で勤務していたときに、「ほうれんそう、ほうれんそう」と言っていた上司が人生最悪の上司だった。自分はその「ほうれんそう」ができないくせに、どこで聞きかじったか、やたらその言葉を振り回す。Aもようやくちょっと静かになった。
     
    どの言葉も分かりやすいのだが、たまに私だけついていけない話があったりして、たとえば、2ちゃんねるの話とか、その管理者の名前とか。頭が古くなったか、情報取りの甘い生活を送っているのか、と感じてどきっとする。自分を見つめなおすいい機会でもある。連休の最後に、こんなにリラックスした時間ができてよかった。また、お互いの「ホウレンソウ」をする日はいつだろうか。 
    September 17

    人の顔

      人の顔ってどれぐらい見ていいものなのだろうか。
     
     私はけっこう人の顔をじろじろ見るくせがあるらしい。初対面の人でも遠慮なく覗き込む。
     でも一方で、自分がじろじろ見られるのはいたたまれない気持ちになる。相手の顔をこちらも見るから、どういう気持ちでこちらを見るのか、なんとなくうかがい知れる。好奇の目で見ているとか、軽蔑の目で見ているとか。たとえ、悪意はないにしても、いっせいに見られるのは自分を値踏みされているようで怖い。
     
     前にテレビ番組で、好きな異性に対しどのぐらい視線を向けるのか、という実験をしていた。その実験によると、男性は好きな異性、興味を抱いた異性に対し、視線を投げ、じろじろのぞきこむそうだ。女性は好きな異性と目を合わすことができず、照れるらしい。川端康成も、人の顔をじろじろ見る性格だったらしく、人の顔をいつもうかがう癖が子どもの頃からあって、それを卑しいと思っていた、と何かのエッセイに書いてあった。芥川龍之介は、道行く人の美しさにみとれていることが多かった、と聞いたことがある。そのテレビ番組の結果は、結構当てはまるのでしょうか。女性についてはあまりよく分からない。与謝野晶子の「清水へ祇園をよぎる桜月夜今宵あふ人みな美しき」なんていう短歌を想起すると、男性とそれほど変わらないのかなあ、とも思う。
     
     先週は、勤め先であるイベントがあり、多忙を極めた1週間だった。忙しくなると、不思議なことに人の顔を見なくなった。挨拶をして、おしゃべりをする時間さえ惜しかったのだろうか。心の余裕がなさすぎた結果だ。そのイベントでは、約270名ほどの参加者に来ていただき、大盛況だったのだが、私はスタッフ席の一番前に座り、ほとんど後ろを振り向かなかった。どんなにたくさんの人が来ていて、もしかしたら不満そうな顔をしているかもしれない、その恐ろしさに振り向くことができなかった。
     
     ただ、その中で、私の古い知り合いが何人か来て下さっていて、わざわざ挨拶してくださった。顔を見て、挨拶して、ほっとした。うれしかった。
     
     私はやっぱり、人の顔をじろじろ見よう。人の顔は本当に千差万別、面白い。いろいろな人生がにじみ出ている。自分もしっかり見てもらおう。そのためには、自分の人生に自信をもたねば。
     
         芋の露 のぞきこむ皆 まるくなり    藻思
     
    September 10

    無題

      なんだか落ち着かない。
     珍しく書きたいことがない。正確にいうと、書きたいことがないのではなく、たいしたことないことだったり、仕事の関係であまり詳しく書けないことだったりするので、書けないわけだ。書き手には常に制約がある。
     さあ、そういうわけで、たまには「今の気分」という漠然としたものを描写してみたい。
     今は呼吸が浅い感じだ。頭の血の巡りが今ひとつ悪い。昨日は久々に10分ほど坐禅を組んでみた。精神が集中できてよかった。これを毎日続けるべきなのだろうか。
     歌が歌いたい。発声練習をたまにはしなきゃ。今の声はかすかすだ。声を出すのに見合う体力はもうない。運動しなきゃなあ。
     スキマスイッチのアルバムを繰り返し聞いている。歌詞や音の感じが気に入っている。
     そういえば、今日はうちに財布を忘れた。1日中ブルーだった。知り合いから2000円借り、なんとかしのいだ。
     
     思いついたことをつらつら綴ってみたが、まとまりそうにない。強いて言えば、この集中力のない感じが今の気分、かな。
     さあ、今日もそろそろ坐禅を組もうか。
     
    September 04

    おなかがすいた

      今、とてもおなかがすいている。
     仕事場に財布を忘れた。夕ご飯食べられなかった。お昼はコンビニおにぎり1個。
     うちにはバナナしか食べ物がない。
     ああ、おなかがすいた。
    September 02

    鈴虫

        おほかたの秋をばうしと知りにしをふり棄てがたき鈴虫の声(女三の宮)
     
     久しぶりにお茶のお稽古に上野まで行った。会議が急になくなり、いけることになったのだ。
     道路から一歩門をくぐると、鈴虫の大合唱。ここからはもう都会の喧騒は無縁の別世界。心が落ち着く。
     
     足のしびれも静まり返った空気のあたりも久しぶりだ。何と心地よいのだろう。濃密なコミュニケーションの空間。ただ単に、お茶を飲み語らうだけのシンプルなことなのだが、なぜこんなに緊張感があるのだろう。
     
     8月最後の日、こうやって心静かな日を過ごせるのは幸せだ。今月は本当にいろいろなことがあった。でも、今となってははかない思い出。ふと『源氏物語』の鈴虫の巻が連想された。ああ、女三の宮も、この声に癒されていたのかなあ。でも、昔の鈴虫は、今の松虫だっけ?
     
     鈴虫もまた、はかない命。