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September 18 ひげそりとかみそり 「ひげそりとかみそり、どこが違うんですか」
日本語学習者も上級になると、非常に微妙なところを突いてくる。まだ、突拍子もない質問のほうがましだ。答えられなくても、「この時期は日本語が正しく分かっていないから変な質問をするんだ」と、自己弁護のことばが浮かぶ。でもこの質問には参った。日本人自体があまり区別せず使っていることばだ。
私がすぐ思い浮かべたのは、ひげを剃るためのT字型カミソリ。でも、あれはヒゲソリと言い換え可能だ。電動のヒゲソリも、まあカミソリと言ってよさそうな気がする。じゃあ、何が違うのだろう。「カミソリのような」という比喩はあるが、「ヒゲソリのような」という比喩はない。カミソリは「剃刀」と書くから、あの薄い刃を指しているのだろうか。「髭」も「髪」も万葉の昔からある言葉だが、「カミソリ」より「ヒゲソリ」の方が新しい漢字がする。実際、角川古語大辞典(日本で一番大きい古語辞典)にも、「カミソリ」はあるが「ヒゲソリ」は載っていない。「カミソリ」は基本的に、剃髪(出家するため髪を剃ること)のときに使うものとして、平安時代から用例が見られる。今残念ながら日本国語大辞典では確認できないが、たぶん、「ヒゲソリ」という語は、明治以降に使われるようになったのではないか。西洋的な習慣から生まれた言葉のように思える。でも、昔の人は、生えてくる髭をどのようにしていたのだろう。毎日剃っていたのだろうか。それとも、はさみで揃えていたのだろうか。
ちなみにこの話をある同僚の女性にしたら、「カミソリは、眉毛とかを剃るものを連想するね」と言っていた。女性にとってのカミソリのイメージは、また男性とは違うのだろう。 September 01 書くことへの不安 久しぶりに文を書く。ちょっと楽しい。
誰が読んでくれるのだろう。まあ、あまり気にせず気楽にいこう。
でも私にとって、文を書くということは、決して気楽なことではない。何を、どこを見せるのか。自分を知られることの気恥ずかしさ。
それでも文を書くことはちょっと楽しい。
そもそも、名前を出すこと自体、恥ずかしい。ある人が言っていた。飼い犬の名前は、まさに飼い主の価値観なのだと。自分について知られるのが極端に怖い。でも意外と他人は何も気にしていないのであるがね。たとえば「はるか」という私の名前。この記事を読む人は、この名前が私の本当の名前でないことを知っている。じゃあ、どうして私はそんな名前をわざわざつけたのか。女っぽいよね。中性的なキャラクターを狙ったとか。なるほどなるほど。「はるかかなた」の「はるか」。どういう思いがこめられているのか。それとも、「はるか」という主人公の、何かのキャラクター、あったっけ?「春か」「貼るか」は「ルカ」?
「自己紹介をします。私の名前は金城はるかです。私は非常に有名な、ある映画スター、・・・ハリー・ポッターによく似ていると言われます。そんなにじろじろ見ないでください。魔法は使えないので。あ、でも使える魔法が一つだけあります。それは、言葉の魔法です。日本語の言葉の魔法を、世界の人々に広めたいと思っています。」
あるときこんな自己紹介をしたら、少し受けた。自己紹介で面白いことをいうのはかなり勇気がいる。なぜなら、「自己紹介」する場面というのは、たいてい初対面の人同士だからだ。お互いに共通する笑いの種が分からない。手探りで拾った種が、大きな笑いの実を結ぶとは限らないのだ。どうしたんでしょうねえ。
落語の寄席というのは、まさに自己紹介の地獄のスタジアムである。寄席、というのは、だいたいが半日がかりだ。言っとくけど出てくる噺家は一人じゃないよ。寄席というのはだいたい5~10組くらいの芸人さんたちが、かわりがわりに出てくる。半分は落語家だが、残りはいろいろ。漫才もあるし、手品もある。紙きり芸人やチャンバラ、講談も。でも、やはりメインは落語だ。笑点に出てくるような、たとえば歌丸さんはトリを務める。その前に、芸の未熟な順に落語家たちが登場する。その話芸のうまさ、というのは面白いほど順番どおりだ。素人にもよくわかる。芸人たちは、お客さんに名前を売るのに必死だ。 下手すると、自分の持ち時間の3分の1ぐらい自己紹介に費やす。名前を売るためにはどうすればいいか。まずはとにかく名前を連呼することである。「は~るかに~ぃ北へはこだてぇ~」と、間違った歌詞を口ずさんでもよい。名前の駄洒落オンパレード。変わった名前の人は、本当に得だ。自己紹介で次に覚えてもらいたいのは「顔」。ある芸人さんは、自分に似ている芸能人を、次から次へ挙げていった。今どきの若者に人気のあるタレント、ジャニーズの誰かとか、では反応しない年齢層の高いお客も、「落語界の市川染五郎と呼ばれておりやす」の言葉には反応し、眠りまなこをこすって舞台の方に目をやる。寄席は後半が面白い。だからたいていのお客さんは、最初は寝ている。一番未熟な落語家は、自分の落語を演じる以前に、まず自分の話を聞かせる努力が必要ってわけですよ。だから奴らは必死だ。自己紹介に命をかける。みんなに名前を覚えてもらえれば、仕事が楽なの。
中途半端ですが、眠くなったのでこの辺で。 |
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