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    June 18

    ルーティンワークと積み木くずし

     スポーツクラブに通い始めた。お酢を毎日飲んでいる。夜寝る前に、軽く数分座禅を組む。なるべくブログを毎日書く(努力をしている)。

     体は少しずつ改善されつつあるように思う。集中力が長く続くようになった気がする。水泳やエアロビクスでスタミナアップに励んでいる。最近気になるのは、腹筋などの筋力の衰え。全然運動をしていなかったら、いつの間にか腹筋運動で上体が上がらなくなっていたことに気づき、愕然とした。この間、「プロフェッショナル仕事の流儀」という番組で、岸田周三というフレンチのシェフを取り上げていた(かなり前だが、ビデオに撮っておいたのをみたのだ)。そこでは、岸田が毎朝筋力トレーニングに30分ほど費やすことが映像で流れていた。その後、16時間の立ち仕事をこなすためには、筋力トレーニングが欠かせないのだ、という。こういう努力が必要だ。

     仕事ということでいえば、声がしっかり出ていないと思うことがよくあるので、本当は毎朝ボイストレーニングをしたいのだが、今は時間どおり起きて朝食をとるのに精一杯。本を読む時間もほしい。毎日続けたいことがたくさんある。人生は短いのに。

     今日はある人に、デスクの周りが片付いていないことを指摘され、妙に悔しかった。整理術がうまくいっていないことは確かだ。できない人間のように言われたようで、いやだった。決して整理できないわけではないのだが、頭に余裕がない、ということかもしれない。何かが解決すれば、自分の中で片付くことがわかるだけに、今言われるのがつらい。

     でも、少しずつでいいから、何かを積み上げていきたい。大きな流れを眼で確認しつつ。

    June 17

    ドミニカも「反米大陸」の一部?

     「反米大陸」(集英社新書)を読み終えた。去年、ドミニカ共和国へ行ったことで興味を持ったのだが、かなりショッキングな内容だった。しかも、これは他人事ではない。日本を始めとするアジアにも当てはまる図式だ。

     著者は伊藤千尋という朝日新聞の記者だった人だ。彼が中南米特派員だった頃の経験や調査したことを生かしてこの本が成り立っている。中南米がアメリカの侵略、支配を受けた歴史と、そこから反発していく現在を描いている。私が行ったドミニカは、どちらかと言えば中米の中ではアメリカ寄りの国と言えるだろうが、政治は汚職や腐敗がたくさんあった、と現地に住む友人が言っていた。温和で陽気な国民性とは裏腹に、いろいろな社会の矛盾や問題を抱えていたのだろう。逆に、そういう国民性だからこそ、国の危機にも強い精神力で立ち向かえるのかもしれない。

     反アメリカというのはあくまで一つの見方であり、それを絶対化しようとは思わない。でも、こういう見方を知ることができたのはよかった。言語学者チョムスキーの過激ないくつかのエセーを、言いすぎなのでは、というような感覚で捉えていたのだが、こういう本を読むと、決して特殊な見方ではないと改めて思った。イラク侵攻なども、アメリカの100年以上続く戦略の延長上にあるのだと思うと、日本の立場の危うさも気になる。北朝鮮への見方も、複雑になるだろう。

    June 16

    小さな幸せ

     毎日ブログを、と言いつつさぼりがち。やはり無理はできない。自分のペースで書いていこう。

     先週は珍しく、週2回も飲みに行った。しかも、金、土、と連チャンである。金曜は養成講座の修了生二人と、土曜は、昔の学習塾の教え子たちである。今回は後者の話をしよう。

     昨年の5月頃のブログで書いた、3T1のクラスの何人かが集まって飲み会をした。最初は4人でこじんまりとクラス会をする予定だったが、最終的には7人になっていた。

     私がなぜかお店を仕切ることになり、阿佐ヶ谷に集合してもらった。今回のメンバーは、すべてK大生。浪人してこの春晴れて大学生となったH池をはじめ、中学の時は女子より背が低かったが今一番背が高いH田、すぐ耳まで顔が赤くなる紅一点U田、頭がぼさぼさのK西川、物静かなT橋、そして私の6人が来た。

     去年会ったときは大学生になったばかりで、ちょっと落ち着かない感じだったが、今回はみんな、いわゆる普通の大学生っぽかった。でも、それはそれで驚きで、たぶん、大学でもよく話しているのだろう、みんな、友達のように話していた。ある意味当り前の光景かもしれないが、塾の時代を知っていると、信じがたいことだった。とくに、U田とH田が普通に話しているのが本当に不思議だった。あの頃は、男子と女子がしゃべっているのを見たことがなかった。今思えば、なんであんなに対立していたのか。大人げない。

     タイ料理のお店に行った。Uが、そのセレクトに、「なんか大人みたい」と、ちょっとはしゃいでいた。お店の内装も店員も、いかにもタイといったしつらえ。せっかくなので、飲み物も、タイのシンハ―ビールはじめ、いろいろな国のビールを次々試して飲んだ。なかなかおもしろかった。料理は少し刺激が強かったようだ。H田は、トウガラシの大きなかたまりをたべたらしく、しばらくつらそうにしていた。いろいろな料理を頼み、食べやすい料理もいくつか見つけたようだ。こういうのも、ひとつの勉強だ。せっかくだから、何でもいいからいい意味での勉強、経験をさせたい。こんなところで教師面しなくてもいいのかな。

     今日、こうやってみんなで会うことになったのは、ちょっとした伏線というかドラマがあった。昨年の11月、浪人していたH池から、文面はちょっと明るかったが、行き詰っていることをうかがわせるメールがあった。私は仕事の合間を縫って、彼を強引に呼び出し、会った。その後も受験までちょこちょこと連絡を取り合っていた。4月になり、結果報告がしたい、とH池が私に連絡をしてきて、3T1のもう一人の学生と一緒に会った。その学生も、浪人していて4月に晴れてT大に合格したのだった。少人数だったので、大学のこと、人生のことなどいろいろ話せた。そのH池が、今回のクラス飲み会を企画して、私も誘ってくれたというわけだった。

     H池がこの日、「こんなに笑って話せたのは久しぶり」と言っていたのが印象的だった。やっぱり、同じ釜の飯じゃないが、あのクラスで苦労を共にした仲間というのは、たまにしか集まらなくても、気の置けない貴重な仲間なのだろう。そして、私もそうだ。「こいつら」には遠慮なく突っ込みを入れるし気軽に話せる。

     K西川が、「あ、俺、先生に敬語使ってる。先生、使わなくてもいいですか」と言った。昔は「てもいいですか」すら言わなかったのに。昨年会った時も、いや、電話がかかってきた時も、敬語を自然に使っていて驚いたものだ。今日は、どうやら自覚して敬語を使いつつ、敬語を使う自分に違和感を抱いたらしい。複雑なやつだ。

     H田は、私の鎌倉での座禅の話を聞き、自分も座禅したいと言い出した。でもこれがあやしい。最初は、4日間のコースと言っていたのに、だんだん、「1日のコースはないのか」などという話になっている。U田は、留学したいが海外に行きたくはない、といっている。一体どうしたいのやら。でも、彼女なりに、将来のことを悩んでいる。H池も、ちょっとそういう話を漏らしていた。「どうすればいいの、先生」。

     彼らは、真剣な話をしているかと思えば、その話題からすっと逃げていく。もうちょっとゆっくり聞いて話したいな、と思った。塾のときは、もう受験受験で、こちらから目標を与えるばかり。大学では、目標を自分で考えることが求められる。でも、そのことに今気づいているのは上出来だ。

     途中から、A野も加わり、10時過ぎまで楽しい時間を過ごした。何人かから、「もう少し飲みましょう」と言われ、うれしかった。本音を言えば、もう少しみんなの話を聞きたかったしお酒も飲みたかったが、なんとなくまだ大学生と思えない部分もあったり、やつらだけで話したいこともあるだろうと思い、遠慮した。

     またみんなで飲みましょう。悩んで悩んで成長しましょう。(自分も含め)

    June 10

    ポッドキャスト

    最近興味のあること。ipod。podcast。ポッドキャストというのは、ipodを使って番組を受信したり配信したりするものである。ダウンロードして、好きな時に聞くことができる。たとえば、ある英会話の番組に登録すると、パソコンのソフトのiTunesがそこで配信された番組を自動的にダウンロードし、ipodにも同期して英会話の番組が入る。毎日配信されれば、毎日自動的にダウンロードされる。

     番組には、英会話のほか、お笑い番組もあるし、落語、音楽の番組もある。自由な時間に聞けるラジオ番組のようなものだ。

     仕事の関係で、このポッドキャストを使って何か配信するようになるかもしれない。そのための勉強を少ししている。最初は退屈だったが、だんだん面白くなってきた。けっこう手軽にできそうだ。

     それに関連して、携帯やiphoneなど、携帯端末にも興味がある。今自分のしていることをどうやれば能率アップさせることができるのか。AUの携帯は、買い換えようと思っても、魅力のある新型がない。う~ん。ソフトバンクのnokia製の携帯や、docomoの各種携帯のほうがよさそうだ。

     今、絵本の世界にも興味がある。絵と文のコラボレーションについて。多読研究会のこともあり、何かいい知恵を出したい。

     なんか、まとまりがつかなくなった。しばらく、書く回数を増やしていきたい。

    June 09

    リフレッシュ

     5か月ぶりにお茶のお稽古に行った。

     金曜の夜が忙しく、どうしても通えないので、とうとうお稽古日を土曜に変えた。でも、土曜もかなりきつい。その日も、朝5時半に起きて大学の授業の準備、そして午前中ずっと授業。その後、うちで洗濯をして、それから家元宅へ。もう4時になろうとしていた。

     茶の湯の作法をかなり忘れていて、恥ずかしい思いを何度かした。でも、久々の、この緊張は、ある意味心地よい。挨拶をするためにタイミングを計り、水屋でおもてなしの準備をし、客に挨拶をし、稽古が終われば、宗匠に挨拶する。一連の動作を無駄なくこなさねばならず、そこに美がある。

     私は一番遅くまで残った。後片付けを内弟子さんと一緒に手伝った。内弟子のうちの2人は、以前こちらで講師を務めていたときからの知り合いで、片方の人とは6年ぶりぐらいにお会いした。少しも変わっていなかった。銀座で古物商を営んでいる人だ。年上だが、丁寧で気さくな方だ。

     宗匠のお宅は古いうちで、雨戸を閉めるところがたくさんある。縁側には、雨に備えてシートをしいた。都の文化財に指定されている。先月も、武蔵工大の学生がグループで見学に訪れたそうだ。

     すべてが終わって玄関を出たら、もう6時を過ぎていた。お稽古中は、腕時計をしないことになっている。お茶碗を傷つけぬためだ。私はその時間にびっくりした。もう2時間半もたっていたなんて。5時にはここを出て、職場に寄って仕事を持ち帰ろうと思っていたのに。あわてて職場に電話したが、誰も出ない。土曜なので、早く学校を閉めたのだろう。

     ちょっとショックだった。あの仕事の山を片付けずに週明けを迎えていいのだろうか。

     でも、これは、ある意味幸せだったのかもしれない。もう明日まで仕事を忘れ、リフレッシュしよう。

    June 04

    「いい」はいつ頃から・・・

     この間、日本語教育界で高名なT先生から、ある調べ物を頼まれた。「いい」という言葉の用例が源氏物語にあるかどうか調べてほしい、とのことだった。

     直接頼まれたわけではないので、意図がよくわからない。まあ、昔はもともと「よし」という形容詞だったのだから、源氏に用例があるとは思えない。「いし」なんて形はありえないし。形容詞の文末の「し」が、現代語のように「い」になったのは、現代語に大きく近づく室町以後のように思われる。

     まあ、とりあえず、最近お気に入りの「日国オンライン」で調べてみた。これは、有料の辞書で、日本最大の「日本国語大辞典」がネットでひけるすぐれものだ。予想通り源氏に用例はなく、江戸時代の用例が初出のようだった。

     というか、こんなことぐらい、自分で調べればいいのに、と思わずにはいられなかった。あくまで私のイメージだが、日本語教育の研究者は厳密さに欠ける部分があるような気がする。言葉の意味について、あまりに自分の感覚に頼りすぎている。辞書を盲信する学者ももちろんよくないが、やはり、主観ではなく根拠を示しつつ立論したいものだ。

    June 03

    雨音はラフマニノフの調べ

     また雨が降り出した。夜10時過ぎのこと。雨粒が一つ一つ、何かの上に落ちる音がはっきり聞こえる。まだ降り始めで、それほど数は多くない。ぱら、ぱらぱら、ぱら。ぱら。 ぱら。ぱら。ぱら。その音にまぎれ、遠くの方でかすかに救急車のサイレンが聞こえる。たまに、うちのそばを走る西武新宿線の電車が、鷺ノ宮駅にブレーキ音をうならせてとまろうとする音がする。

     今日から梅雨入り。明日も1日中雨らしい。朝から横浜出勤なので、ちょっと憂鬱だ。ぼんやり聞いていた雨音が、だんだん恨めしく思えてきた。ぱら、ぱら、ぱらぱらぱらぱら、ぱら。 ぱら。 ぱら、ぱら。路面がかなり濡れてきたのか、自動車が通るときにしぶきがあがる音がする。

     雨音に聞き入っているうち、だんだん眠くなってきた。今日はどうしてこんなに雨音が気にかかるのだろう。

     あまり深く考えるのはよそう。この雨音の平穏を楽しみつつ。

    June 02

    アフタースクール

     今日が「映画の日」とも気付かず、コンビニで前売り券を買って、のこのこ映画館に出かける私。

     「映画の日」なのに、前売り券の高いチケットで入るのがいやで、窓口で1000円のチケットを買う私。

     邦画を10年ぶりぐらいに見る私。

     久しぶりに見た邦画は思った以上に面白かった。でも、ちょっと物足りなさが残った。

     「アフタースクール」は、二人の中学時代の同級生が大人になってからの話で、そのうちの一人が行方不明になり、それを、もう一人の方と、探偵が探すのだが・・・、というストーリーだ。行方不明になる一人は、その人が勤める会社の秘密を握っているらしく、さらに女性と一緒に逃げた形跡もある。行方不明になる会社員と同級生のもう一人は、その中学校の教師になっている。彼は会社員をまじめな人間と信じるのだが、探偵は、女と逃げていて、会社のヤバイ情報も握っている悪いやつであることを暴いていく。でも、そのあとにとんでもないどんでん返しがまっている。そんなストーリーである。

     どんでん返しについては、ここでいうと、これから見る人が面白くなくなるので言わない。ただ、そのどんでん返しの手法は、映画の描き方の盲点をついた、なかなかおもしろい方法だった。私はこのパターンを初めて見たが、こういうのは小説でもあるので、映画にももしかしたらあったかもしれない。ふつう、映画は、観客がいわゆる全知的な視点から眺める。つまり、登場人物が知らないことも、観客からはわかっていることが多い。これをうまく使い、途中までは、観客はなんでも知っている人として描くのだが、途中でそれは思い込みだったことが映画の中で明かされていく。ミステリーのように、最初から謎自体が明らかなのではなく、謎があったことに観客が気付かず、途中で気がつかされるのである。

     その他にも、いろいろ笑えるセリフなどもあって、楽しめた。ただ、最後の物足りなさはなんだろう。感動とか、考えさせられる、作品のメッセージみたいなものが、いま一つ伝わって来なかった気がする。

     でも、映画は最近マイブームになりつつある。今日の余った前売りもどこかで使おう。