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    May 13

    学問の薫り

     この間の日曜、新宿のあるビルの一室に出かけた。社会人向け言語理論講座があり、その申し込みをするためだ。そこには、認知言語学の大家I先生、認知科学の分野の泰斗O先生、日本語文法理論の先端を行くO先生らがいた、いやいらっしゃった。

     ふつう、それらの方々の講義を聴くためには、T大学やK大学などの一流大学に入らねばならないが、その講座では、お金を払いそれらの講師と面接して許可がもらえれば、そういった有名研究者の講義が聴ける。私は、前任校での知り合いで大学の講師をしていらっしゃるK先生にこの講座のことをうかがい、今回受講を決心した。

     まさか、あこがれの先生方とマンツーマンでお話しできると思っていなかったので、このガイダンスにはびっくりした。まず文法のO先生。この先生は、実は学生時代にお世話になっている。私がとなりの学科(国文学)の学生だったからだ。どうも先生は私のことをお忘れのようだった。まあ、ふつうそうだろう。でも、私が「砥部」という愛媛の田舎の出身であることを、よく覚えていてくれたのだが。こちらから、以前お世話になったことを切り出すと、間髪いれず「覚えてるよ」と言った。でも、私の年齢もかなり間違っていて、彼の記憶にないのは明白だった。

     I先生は、私を完全に誰かと間違っていて、「君は常連なんだから今日来なくてもよかったんだよ」といきなり言われた。私は心の中で苦笑しつつ涼しい顔で「今年から受講するのでよろしくお願いします」と述べた。

     大学に入る時、こんなふうに先生を選んで入れたらどんなに楽しいことだろう。もちろん、大学生というのは無知な生き物なので、何も知らず入って新しい学問との出会いに胸ときめかすのも一興だろう。でも、ある程度勉強してから、本当に学びたいと思った人のもとで勉強するのは、一途に恋した人のそばに居られることに似て、これまた違う胸のときめきがある。

    May 10

    連休の終わり

     久々にお茶のお稽古に行った。稽古に行く回数は、以前に比べると安定してきた。今年は丸一日行く日が多い。おかげでいろんな人と知り合いになり、少しずつなじんできた。

     しかし…休む日も相変わらずあるので、なかなか稽古の中身が進歩しない。家元や師範代の先生の言うとおりに動き、ハントウを勤めても何とかうまくこなすが、自分では動けない。いろいろありすぎて覚えられないのだ(イイワケ)。また、人間の動きというのは、この年になると意外と癖がついているようで、ちょっとしたこともよく注意される。たとえば、お客が飲んだお茶を下げにいくとき、私はついついどこかのお番頭のように手を前に出して両手を重ねる。これは、卑屈に見えてしまうらしく、やらないように、とのことだった。また、私は変なところが左利きになっていて、お茶碗などを、つい左手で扱ってしまう。

     今日はいろいろやらかしてしまった。まず生け花への霧吹き。霧吹きがうまく出ず、水がこぼれてしまい、ポケットにあった適当な紙で拭いてしまった。よくわからないが、これは作法に反する。そのままごまかし、ふくさというものを腰につけたのだが、家元から直々に、「これは裏表が逆です」と注意された。また、私の立つときの足の動きがあわただしいと注意された。正座から立ち上がる時、まず足を「両方」爪立ててからゆっくり立ち上がるのが作法らしい。私は、片足が爪立ったらそのまま力を入れて一気に立ってしまう動作を繰り返してしまった。ああ~反省。

     後で代稽古の先生から、割り稽古を受けた。割り稽古とは、亭主としてお茶をもてなす一連の動作を、部分的に練習することである。私は稽古をさぼっていた上に、来た日もすぐ帰ってしまうので、割り稽古をやってもらったことがほとんどなかった。

     稽古が終わり家に帰ると、足や腹筋が痛かった。お茶とは、こんなに体力を使うものだったのか。身辺が落ち着いてきたので、体力づくり集中力づくりをしなきゃ。

    May 08

    タイからの便り

     新しい職場に変わってはやひと月。8日間の長かった連休も明けた。前の職場は、それはそれで楽しかったが、今のところもまたいい。日本語と日本語教師養成の2つの仕事ができる点では同じだが、中身はけっこう違っていて、比較できるのが面白い。それはまた、ぼちぼち話そう。

     この1カ月は本当にめまぐるしく過ぎた。前の職場の最後の1カ月が(トップの嫌がらせのため)最悪だったせいか、新しい職場の自由な空気がとても清々しかった。新しい仕事のパターンを覚えるのはおもしろかったが、それはそれで大変だし、新しい人間関係も気を使う。みんな、本当にいい人たちなのだが、やはり最初だから、うまく意思の疎通ができないこともある。また一方で、3月から4月にかけて、いろんな人と飲み会をした。4月の前半は、ほぼ毎日だった。前の職場でお世話になった非常勤の先生たち、養成講座での教え子、古い友人、新しい職場でできた知り合い、などなど。自分がこんなにもいろんな人に支えられていたのだと改めて知った。本当に大切な財産だ。

     GW前にはかなり疲れきっていた。いいところで休みがもらえる。職場が変わる際に全く間をおかなかったので、頭が相当疲れていた。休みに入ってすぐは寝て過ごした。その後、映画を何本も見たり、美術館に行ったりして、心の栄養補給を行なった。前の日本語学校での教え子たちとの飲み会もあった。

     メールも何本も書いた。そのうちの2つは、偶然にもタイに関するものだった。養成講座の教え子、といっても、どちらの方も私の父といってもよさそうな年配の男性。片方は、タイの大学にめでたく就職が決まったが、初めて教えるのでどうしてよいかわからない、というメールが来て、簡単なアドバイスを返信した次第。もうひとつは、すでに1年前にタイに就職した人で、たまたま便りをもらったので返信したのである。

     正直、この人たちとこんなやりとりをする仲になるとは思ってもみなかった。私は、自分に自信がないことや相手の年齢を考え、一応先生の立場をとりつつも、自分の講義・アドバイスを受け入れてもらえるのかどうか、いつも不安だった。でも向こうは、そんな私の悩みはどうでもよかったらしい。タイでの生活を満喫していらっしゃる。なぜタイなのか、そこはいろいろ理由があるのだろう。同じ年ぐらいの年配の男性がタイで日本語教師を始めたのは、決して偶然ではないはずだ。その背景については、おいおい調べていこう。

     今日、また二人から返事が届いた。前者の人からは、アドバイスへの感謝のことばがあった。後者の人からは、現在の様子の写真が添付されていた。学生や同僚タイ人教師に囲まれ、本当にいい笑顔をしていた。

     こういう学生たちを育てられなくなったことは残念だが、転職したことで視界が啓けたこともある。ちょっとだけ度胸が据わってきた。この仕事への責任感。これまでの養成の学生たちが、私を見ている。