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    May 29

    お好み焼き

     最近、自炊している。
     週末はお好み焼きを作った。材料が余って、それから月曜まで3日連続でお好み焼き。
     1日目は、晩御飯にお好み焼きを2枚一人で食べてお腹がはちきれんばかり。
     2日目は味に飽きて小海老を入れた。でも、それほどうまくはならなかった。キャベツの千切りが面倒で、スーパーにあった千切りキャベツを買ってお好み焼きに使ったが、あまりおいしくなかった。
     3日目。今日。いろいろ学習して、分量もおいしさもぴったり。焼く時間やフライパンでのひっくり返し方も我ながらうまくなったものだ。
     自炊は、下拵えをしたり時間配分を考えたりするので頭の健康によさそうだ。でも今のところ、カロリーバランスはあまり考えていないので、健康にはそれほどよくなさそう。買い物などこまめに歩いてダイエットを期待するほかない。
    May 28

    日本語教育学会参加記

     今日は午後から日本語教育学会の春季大会に参加してきた。
     今日の目的は2つ。一つは、「日本語能力試験改定に関する中間報告会」に参加し、その動向を確認すること。もう一つは、年少者日本語教育についてのパネルセッションを聞くことである。
     前者については、3月末の日振協がらみの出張と関わっていて、日本語教育スタンダードをどのように構築するかという問題にもからんでいる。今回の報告会では、スタンダードということばはほとんど聞かれなかったが、学習時間数や語彙・文法でレベルを測るのではなく、can-do statements(~ができる)による能力基準を表示するなどの考え方は、日本語スタンダードの考え方を基にしているといえよう。
     後者については、今後私の所属先で大きなテーマとなりそうなので、その準備として講義を受けてきたものである。斎藤ひろみ、石井恵理子など、この分野の専門家の話を聞けたのは大きな収穫だった。ついでに、JSLのテキストも数冊購入した。
     
     具体的なことは企業秘密なのでまだ言えないが、私の所属では、上に挙げた「日本語教育スタンダード」や「年少者日本語教育」、さらに「ビジネス日本語」を加えた3つの大きなテーマの柱を打ちたて、教育活動に取り入れようとしている。一体これから何をするのだろう。どこに向かうのだろう。
     
     今日の話の中では、年少者日本語教育の話が印象深かった。日本語を使って、あるトピックについてこれまでの体験を思い出して話し、それについて調べ探求し、その結果を日本語で表現する、というトピック型の学習が年少者教育の基本であるが、その方法・構造はアカデミックジャパニーズにも当てはまるそうだ。さらに、最後に、その学習の構造は、日本語母語話者のための日本語教育にも応用できるのでは、という話があった。それは私も前々から思っていたことで、今日のこの話も、自分の大学での作文教育に応用できそうな話だな、と思いながら聞いていた。点の打ち方や起承転結などの構成を教える授業をしても始まらない。何か興味を持たせるためのトピックを毎回提示し、ディスカッションやメモ取りなどの作業を経てトピック毎に作文を書かせる練習をしたほうがよさそうな気がしてきた。
     
     いろいろヒントをもらった一日だった。毎日忙しくてこなすだけだった仕事に、今週は少しだけ張りができそうだ。
    May 21

    ブログのあれこれ

     ブログを始めて半年が過ぎた。ひと月以上全く書かない時期もあったが、また何とか続いている。アクセス数も順調に伸びている。
     どんな人が読んでいるのかわかるときもある。検索して私のページにアクセスする人が最近増えている。新しい読者だ。たとえば、歌舞伎の記事を書いたときは、演目や役者の名前にヒットしたらしく、ブログへのアクセス数がその週はふえた。私自身も面白がって、その月の歌舞伎批評を書いたページをのぞいたら、すごく鋭かったり面白かったりするものがいくつかあった。それに比べたら、私の文章の貧弱なこと。もっと鍛えねば。
     あと、なぜか、ずっと前に書いた「時計職人」の記事は、けっこうコンスタントに読まれているようだ。ああいう題材の文章があまりないせいだろうか。「時計職人」で検索すると、ふつうに「修理お任せください」という時計屋のHPに混じり、私のブログがかなり上位に現れる。
     その他にも不思議なことはある。ある週は、全く知らない外国人ばかりアクセスしてきた。MSNのブログを持っている人たちだ。オーストラリア、ドイツ、インドネシア、などなど。
     定期的に見てくれる人も徐々にふえているみたいでうれしい。ここのところ、あまり文章を書くのが苦ではなくなってきた。毎日でもいけそうだが、先週はあまりに忙しかったので、無理はしなかった。少なくとも、週一日は必ず書きます。
     
     さて、今週もがんばりますか。
    May 13

    戦友との再会

     土曜日、ようやく今週の仕事を終えてうちへ帰ったのもつかの間、携帯電話が鳴った。
     相手はなんと、3年前勤めていた学習塾の教え子だった。何でも、その時のクラスで今日クラス会をやっているから、先生も来てくれ、とのこと。時間はもう20:00。「何時までいるの?」「二次会が10時からで、そっちがメインだから10時から来てください。」 教えてた中3の頃は敬語でしゃべれなかった奴らがいつのまにか大人びた口調になっていて背中がこそばゆかった。今からまた外出するのはもちろん億劫だが、彼らに会いたいという気持ちの方が何百倍も大きかった。
     
     当時、私はそのクラスで英語を担当していた。テレビでCMも流れているWアカという進学塾の、三鷹近くのMという街の校舎で勤め始めたばかりで担当したのが、中2Tというクラスだった。Tというのは「特訓」の略で、レベル別クラスの一番上のクラスだ。早稲田慶應の附属校や開成など最上位校を狙うクラスだったのだが、そのクラスは所謂優等生は少なく、プライドが高い上にやんちゃな生徒ばかり。最初は生徒になめられ大変だった。でも、そのクラスを次の年も持ち上がり、結局1年半担当した。その塾で始めての受験学年だったので、私は分からないことだらけで苦労した。でも、生徒たちはもっと大変だったと思う。ウィークデーに週4回、理社も勉強する人は5回塾に行き、日曜日は必勝と呼ばれる志望校別対策コースに半日通った。その上どの科目も大量の宿題。彼らは、一生のうちであんなにがんばったことは絶対なかっただろうし、これからもないかもしれない。私も自分の時間をかなり削って受験にうちこんだ。面談をしたりいろいろ声をかけたり。受験の日は、朝早く起きて応援も行った。本命の受験が終わり、ミスをしてそのまま塾に来て泣き崩れた子もいた。毎日毎日、受験に明け暮れた日々を彼らと共に過ごした。
     いろいろな事件もあった。受験校をめぐって親と繰り返し相談したり、塾をやめる、このコースをやめる、などの対応は日常茶飯事。カンニングが発覚してやめた子もいた。彼らを中1からずっと担当していた担任ともいうべき先生が、家庭の諸事情で中3の11月になって急に塾を辞めたときは、「このクラスはどうなるのだろう」と真剣に心配した。
     私は率直に言って、いい先生だったかもしれないが全幅の信頼を置くほどの存在ではなかった。受験知識もあのころはまだあやふやだった。不用意な一言から生徒を傷つけたことも何度かあった。この日も女子二人から、こんなことを言われた。授業で過去問演習を行なったとき、私はいつも順位表を張り出しその下にコメントもつけたのだが、その二人が最下位で後の女子二人が首位2位だったときがあった。その時の私のコメントが「今回は女性陣が大健闘」だったらしく、私たち二人はどうなるの?とその二人はいたく傷ついたと言っていた。本当に申し訳ない。配慮が足りなさ過ぎる。また、この二人には卒業して遊びに来たときも、申し訳ないことを一度してしまった。二人のうち一人は受験に大きく失敗してしまっていたのに、その二人ともに下級生何人かを紹介し、受験の話をさせた。私としては下級生にとって生の声を聞けるいいチャンスだと思ったのだが、彼女たち二人に対する配慮に欠けていた。いやな受験の思い出を話させてしまった。その日以来、二人はしばらく塾に姿を見せなかった。きっといやな思いをしたにちがいない。でも、二人は、その下級生が受験の年の1月ごろに、お菓子の差し入れをしてくれた。本当にいい奴らなのだ。こんなダメな先生のフォローをしてくれる。
     
     22時にM駅北口のとある居酒屋でみんなと会った。驚くことに、女子1人男子2人を除くすべてのクラスメートが集合していた。幹事のHは、チビでいつもからかわれていたのに今や身長が180cmとなり別人だった。ずっと坊主だった一人も顔が分からなかった。まさに「歳歳年年人同じからず」だ。昔は厚顔の美少年?だったのに。男子と仲の悪かった女子も来ていた。何だかほっとした。あの時は大変なクラスだったが、こうやって集まれるということは、本当にいい奴が揃っていたということだ。当時は個性があまりに強かったり思春期でエネルギーをもてあましていたりしていたのだろう。
     みんなと話していると、何とか楽しそうにやっているようなので安心した。笑顔がみんなよかった。浪人していた一人とは少し話した。相談したいことがあればいつでも、と連絡先を渡した。もちろん、普通に悩んだり困ったりはしているだろうが、元気な姿が見られて心からうれしかった。
     近況を聞いて印象に残ったことが3つある。一つは、女の子の一人Uさんが、私の大好きなサブウェイでバイトしていることだ。塾のとなりのイトーヨーカドーの地下の。私がよくそこで食事していることは塾の私の教え子はみんな知っていた。まあ、たまたまだろうが、その店で働いてくれているのはうれしい。そのうち機会があれば行ってみたい。ちなみにその子、私の授業で一番思い出に残っているのは、授業で私が説明した「恋は盲目」という言葉だそうだ。肝腎の英語は忘れかけていたみたいだが。盲目になるような恋に彼女は出会ったのだろうか。そのことを訊くのを忘れた。
     次の一つは、無口でまじめだったTくんが新宿のある中華料理屋で働いていて、少し日本語教育に興味を持っていたこと。一緒に働いている中国人が日本語学校の生徒らしい。ありがたいことだ。彼は幼いようでしっかりしている。受験のときも、努力が半端じゃなかった。その時の話を持ち出して改めて誉めると、とても照れていた。
     最後は、もう一人の女子生徒Tさんが、教育学部へ進学してくれたことだ。彼女が帰る間際に聞き出したので、科目など詳しい話は聞けなかったのが残念だ。彼女は、さっき書いた、受験の結果が思わしくなかった子で、あまり詳しく書くのは控えるが、進学先が決まるまで非常に苦労した。ここで失敗したらもう後がない、という所まで来て、塾の先生が総出でバックアップした。彼女が最後まであきらめずがんばったおかげで最後に進学先が決まった。その努力と精神力はほんとにすばらしかった。詳しくは聞いていないが、あのときの経験が今の進路の原点になっているのではないだろうか。また会う機会があったらその辺りの話をぜひ聞いてみたい。とにかく、先生になりたい、とかつての教え子が言ってくれるのは何よりうれしいことだ。
     
     私は、当時は彼らにとって必ずしもいい先生じゃなかったと思う。でも、一緒にあの一年を戦ったことは私にとって誇りだし、今日こうやって再会できたことは何よりうれしい。いつまでも彼らの人生を見守っていきたい。またいつか会おうね、みんな。
     
    May 05

    5月歌舞伎 at 歌舞伎座

     今月の歌舞伎は団菊祭だった。歌舞伎座の5月歌舞伎は毎年団菊祭だ。
     団菊祭とは、団十郎と菊五郎の劇団が合わさって公演を行なうものである。たぶん、団十郎や菊五郎の名跡の忌日が5月に当たるんだろうと思う。詳しいことはしらない。
     一番よかった演目は、昼の部の最初の「泥棒と若殿」だろうか。ストーリーはこうだ。ある泥棒が、大きいけど荒れ果てた屋敷に入る。しかし金目のものはなく、中にはもう2、3日何も食べていない飢えた若い侍が一人。泥棒は逆に同情し世話係を買って出る。それから奇妙な二人暮しが始まる。お互いの身分を越えた不思議な友情が生まれるが、若い侍は実はその地の小さな藩の若殿で、跡目争いのあおりで幽閉されていたのだった。ある日城から使いが来て、政敵が倒され自分が家督を継ぐことになったと告げられる。若殿は悩んだ末、自分の生き方を見定め、泥棒と別れを告げ、城へ戻るのだった。ユーモアあり、涙ありのいい作品だ。作は山本周五郎。近代の作品なので、言葉も分かりやすかった。テーマが何より近代的だ。身分を越えた友情。本当に泣ける作品だった。
     若殿の三津五郎の演技がよかった。泥棒役は尾上松緑。悪くなく、湧かせる場面が何度かあったが、残念なのはセリフのとちりが2、3度あったこと。こういうミスは興ざめだ。
     勧進帳は、お能の「安宅」の影響を色濃く受け、安心して見られた。団十郎の弁慶はやっぱりかっこいい。菊五郎の富樫と息がぴったりだ。次の「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」は、初めて見る作品だが、とても有名なストーリーらしい。春日八郎の「死んだはずだよお富さん」という歌のもとになっている話だ。ある男のめかけお富が、木更津の海岸で町人の若旦那与三郎と出会い互いに一目ぼれ。でもお富の亭主に二人の仲がばれ、与三郎は体中切り刻まれ、お富は海へ飛び込むがある人に助けられる。3年後、ある人に囲われているお富の妾宅に、すっかり身を持ち崩した与三郎が現れる、という話だ。若旦那は海老蔵、お富は菊之助と、若手のコンビだ。海老蔵はドスのきいた歌舞伎独特の発声法がまだまだらしく、声が大きいだけで力が入っていない場面があった。若旦那がちょっとなよなよした役なので、その辺の加減が難しそうだ。
     「女暫」は、「暫」のパロディのような部分があって面白かった。今月は、この作品のような古典歌舞伎もあり、勧進帳のような作品もあり、近代の作品(泥棒と若殿)、幕末の作品(与話~、め組のけんか)とバラエティに富んでいる。古典歌舞伎は顔の色や衣裳で善・悪が分かったり、動きが様式的だったりするところが面白い。
     「め組の喧嘩」は、火消しと力士の喧嘩を描いたもので、今回の役者総出演といった感じだった。辰五郎役の菊五郎の演技がよかった。立ち回りが多く、小さい子どもでも楽しめた。粋でイナセな江戸っ子の世界が堪能できた。
     
     「源氏物語」の面白さは、現代人の論理や理屈では理解できない部分、謎が残っていることだ、と言った人がいた。歌舞伎の面白さもそれに通じると思う。舞台の装置や着物、小物に至るまで、いろいろな意匠が凝らされている。また、歴史的文化的背景を知らなければ理解できないような点もいくつかある。だから、何度見ても面白い。毎回発見がある。また、演出が人や家によって違ったり、また演技を何百年に亙って練っていたりするのも面白い。
     また、逆に時代を超えて普遍的な人間の感情を共有することも楽しみの一つだ。歌舞伎はいろいろな楽しみ方がある。本当に面白い。