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    April 29

    ghost

     今朝、Oくんの夢を見た。Oくんは、中高通じての友人だ。
     日本語学校の控え室のようなところがあって、その中になぜか彼が混じっていた。
     その控え室は、自分がいる学校とは違って靴を脱いで上がる部屋だった。中には、誰とははっきり認識できないが、知っている人が数人いた。混んでいるふうでもない。私はその中に彼を見つけ、「久しぶりやね~。元気やった?」と肩をたたきながら声をかけた。そのときのうれしい気持ちが妙に生々しかった。「お~、元気?」と彼も言葉を返してきたが、そのとき不意に周りの視線が気になった。彼は2年前に亡くなっていたのだ。
     彼は私の気持ちを察し、声にならない声で、「大丈夫、大丈夫」と伝えてきた。彼によると、自分は移動(何の移動なのかは分からない)の途中で、少しだけ私の前に姿を現すことができるが、しばらくすると去らねばならないそうだ。周りには自分の姿が見えているが、なぜか違和感は抱かせないらしい。
     私は彼と何かしゃべったが、よく覚えていない。仕事があってちょっと席をはずしまた戻ってくると、彼の姿は透けていた。「そろそろ行くわ」彼はそう大阪弁で言うと、すうっと離れ、他の人の間を抜けて消えてしまった。
     
     その後、急に目が覚めた。その彼の存在感覚があまりにもリアルだったので驚いた。
     どうして彼の夢を見たのだろう。
     
     今日は春の嵐だった。
     
       ひさかたの光のどけき春の日に 静心なく・・・・・
    April 22

    大きい・大きな、など。

     先週はめまぐるしい一週間だった。月曜は群馬の前橋へ出張、日本語教師養成の4月コースのクラスが月・火に5クラス開講、水・木・金は、横浜で授業、とくに金曜は朝から連続8コマ(400分)だった。
     それだけでなく、なぜか飲みに行く回数も多かった。火曜は理事長始め教務のI先生、N先生の4人で「洒洛(しゃら)」へ、水曜はこの4月から休職しているI先生が久しぶりにうちの校舎へ来たのでO先生と一緒に食事、木曜は...本当は高校・大学通じての友人と飲む約束をしていたが急に仕事が入ってキャンセルになり、でも頭と体が飲む態勢になっていたので珍しくひとりでワインバーへ。たまには一人で飲んで、ゆっくり考える時間を持つのも悪くない。
     
     養成講座の4月講座が始まり、日本語文法の授業を何度か担当した。その中で、いつも気になっていたのが、「大きい」と「大きな」である。授業では、この二つは前者が形容詞で活用し、後者が連体詞で活用せず、意味は同じだが品詞が違うのだ、と説明する。でも、ただ品詞が違う、という説明だけでは、受講者も教授者も何か今ひとつ釈然としない。他にも、「小さい」「小さな」、「おかしい」「おかしな」のペアがある。(もし、ほかにあったら教えて下さい!)
     
     そこで少し考えてみた。まず、「大きい」「大きな」の場合。予測としては、「おおきな」は「おほき・なり」という形容動詞が古語に存在した可能性がある。「―な」の形になるということは、古語の形容動詞「―なり」の可能性が高い。また、私がこの「大」のペアで不思議に思ったのは、「大きい」の古語が想定できないことだった。形容詞(イ形容詞)は、古語では「ク活用」「シク活用」の二種類に分かれる。例えば、「たかい」「さむい」は、古語では「たかし」「さむし」(終止形)「たかく」「さむく」(連用形)でク活用、「うつくしい」「たのしい」は「うつくし―うつくしく」「たのし―たのしく」でシク活用である。しかし、「大きい」は「おおきし」という終止形がピンと来ない。
     この推測は、ある程度当たっていた。「おおきい」「おおきな」という言葉は、もともと形容動詞「おほきなり」で、さらに「おほき」は「おほし(多し)」の連体形、すなわち名詞の形であった。数が多いことから量の多さ、偉大さなどの意味に転じていったようだ。ただ、この語は平安時代は終止形で使われることはなく、「おほきに」「おほきなる」の形ばかりであった。「おおきい」という形容詞が用いられるようになったのは室町末あたりのようだ。
     つまり、形容詞が「―し」から「―い」に代わっていく過程の室町末に生まれたのが「大きい」で、古語「おほきなり」の名残があるのが「おおきな」であるようだ。
     用法は、『明鏡国語辞典』に詳しい。具体的なものに関しては入れ替えがきくらしい。「かばん・人・うち・会社」などだ。どちらをつけてもそれほど意味は変わらない。でも抽象的な事柄になると「大きな」の方が優勢だ。「大きな成功」「大きな事件が起こる」「大きな感銘を受けた」などだ。「大きい」でも間違いではないが、「大きな」の方がしっくり来る。慣用句的な言い方では、「大きな」が一般的。「大きな顔」は尊大な態度のことだが、「大きい顔」というと、物理的な大きさを言っている感じを受ける。「大きなお世話」とは言えるが「大きいお世話」はおかしい。また、文の単位の名詞修飾では、「大きい」が優勢。「大きな/大きい 企画」はどちらも大丈夫だが、「失敗の可能性の大きな/大きい 企画」では、「大きい」を使う人の方が多いだろう。
     
     「小さい―小さな」「おかしい―おかしな」は、古語を探っていくと、「大きい―大きな」とはまた別の事情があるようだ。とりあえず今日はここまで。
     
     ちなみにもう一つ、最近気になる言葉。
     「酷い」をみなさんはどう読みますか。
     わたしは「むごい」と読みましたが、テレビのテロップでは、「ひどい」というとき、この漢字を当てています。
     私の読み方もテロップも間違いではないのですが、「残酷」の「酷」を「ひどい」と読ませるのは、おおけさすぎる気がします。それに、今までひらがな表記だったものを、どうして急に漢字表記しだしたのでしょうか。  
    April 15

    小さな小さな文化摩擦

     昨日から大学の授業が始まった。
     私の担当するクラス、「日本語表現」は、もともと少人数クラスの上、私が平日ではなく土曜に授業を行なっている関係で、クラスの人数が少なかった。7人だった。でも、作文を添削するなどの手間を考えると、ちょうどいい人数だ。
     
     簡単なガイダンスを行ない、その後、アイスブレーキングとしてちょっとしたスピーチをしてもらった。でも、近頃の学生は本当に手間がかかる。いきなり、ちょっと自己紹介スピーチをしなさい、と言っても、まともに話せるのはクラスに1人いればいいほうだ。他人と話せないのだ。友達や家族との話し方しか知らない。こんなことで社会へ出られるのだろうか。
     そこで私が最近とっている方法は、まず3人ぐらいのグループで、友達感覚で自己紹介をさせてから、クラス全体でスピーチさせる、という方法である。同じことを2度話すので、多少は話し慣れてスピーチできる。そして、スピーチの後に、聞いている人に必ず質問させる。まあ、7人ぐらいいたら、3,4人に質問させる。その質問を私が板書し、スピーチした人はその中で一番答えたい質問を選んで答える、というゲームをしている。質問ゲームというものだ。こうすると、聞くほうも質問するために真剣に聞かざるをえない。みんな一生懸命になる。
     
     まあ、大学生に対する愚痴は、もうやめておこう。初回だし、それを改善していくのが私の仕事だ。
     
     それより、たまたまその日遭遇した小さな文化摩擦には、いろいろ考えさせられた。
     
     最後にスピーチをした大学1年の入学したての女の子は、中国人だった。「始まって」を「始めて」と、自他動詞を間違える典型的な留学生だ。そういえば、この学校も留学生が増えている。最近、毎年1人はクラスに留学生がいる。日本語は確かに少しおかしいが、自己紹介が全然できず、30秒ほどでスピーチを終える日本人と違って、彼女のスピーチは堂々としたものだった。自分が留学生で、どういうふうに日本語を勉強して、何の目的で大学に入り、またこの授業を取ったか、など、必要なことを、大きな声で話せていた。発音もよかった。
     しかし、スピーチが進むにつれ、教室の空気が微妙に変化するのを私は感じていた。日本語が少しおかしいことに気付くたび、他人同士で今までほとんど話さなかった彼らがなぜかいやらしく囁きあって連帯していく。その小さなざわめきに彼女の頬は紅潮した。彼女が、「日本語表現」という科目は外国人のための授業で、日本の学生ばかりいるとは思っていなかった、という発言をしたときも、日本の学生たちはその発言に少し悪意を汲み取っていたようだった。
     質問タイムに入った。最初の一人は、「なぜ日本に来たのか」という、かなりストレートな質問だった。その質問自体には、少なくとも私は悪意を感じなかったが、質問者に意地悪な気持ちがなかったとは言えず、さらに、周りの人たちが「失礼な質問じゃないの」「言い過ぎなんじゃないの」などと言うことで、変な空気になった。
     次の質問は、「日本に来て、中国との文化の違いを感じた体験は何ですか」というものだった。やっとまともな質問が出て、クラス全体がほっとした。結局彼女はこの質問に答えた。彼女の話した体験は、割り勘の話だった。男の人と女の人が食事するとき、半分ずつ、しかも1円の単位まできっちり分けて払うのはおかしい、大勢でいるときも、男の人が全部払うのが常識だ、ということだった。またこれにもおおきなざわめきがおこった。彼女がしゃべりすぎて興奮気味だったので、日本人をかなり強調して悪く言う形になったからだった。日本の学生たちは、どっちでもいいじゃん、大した問題じゃないよ、と、それほどまともに受け止めた様子ではなかった。私はショックを少し和らげるため、男の人というだけでなく、年長者がすべて宴会のお金を出すなどの習慣があることを述べ、それがよく中国との文化の違いとして紹介されることも添えた。
     
     私は昨年、留学生対象の日本語学校で教えた。そのときの教え子には、この4月から大学へ入学した人も何人かいる。彼らは今、新しい環境でうまくやっているのだろうか、と切実に思った。いきなり日本人だらけの中に放り込まれ、否応なくあちこちで小さな文化摩擦をおこし、頭や体は火照っていることだろう。クラスの中の誰が悪いというわけではない。日本の学生は異文化に対してどう接すればいいのか、予備知識が全くなく言葉の受け止め方、またアサーション的な表現の仕方もしらない。留学生は、外国人との接し方に詳しい日本語学校の先生としか日本人と接したことがなく、日本人に自分の発言がどう受け止められるか、よく理解していない。日本語学校で、日本人の考え方・行動のパターンなどについて、もっと教えておく必要がある。
     
     大学側も、留学生の増加に対する対策があまりない。大学のみならず、社会全体の問題が、昨日のクラスに凝縮されているような気がした。
    April 12

    ココロのリズム

     この間、面白い記事を読んだ。石川さゆりが、新たな歌い方に挑戦している、という内容の記事だった。
     音楽や歌というものには、当然のことながらリズムがある。彼女が歌う演歌というジャンルは、どれほど情感を、言葉にこめて歌えるかが大切なのだが、本当の感情というものは、リズムを突き崩したところにある。例えば、悲しい気持ちになったとき、言葉が詰まって何も言えなくなったりする。だから、感情をこめて歌う方法をつきつめると、リズムを崩した歌い方になるのだ、というような話だった。
     でも、リズムがなくなれば、それは果たして歌と呼べるのだろうか。中島敦の『名人伝』に出てくる、弓道の究極「不射之射」(つまり、弓も矢も持たずに射るのが究極の弓矢の名人だという話)に似ていて面白い。歌を超えた歌とはどんな世界なのだろう。
     
     この話を面白いと思った理由はもう一つある。それは、あるとき読んだ次のような文章を思い出したからだ。誰の文章か覚えていないが、何年か前の東大2次の国語の問題にあった文章だ。深い悲しみが、なぜ音楽などの芸術によって癒されるか、について考えた文章だった。その説によると、何でもわれわれの感情は独特のリズムを持っている。それに対し、音楽だとか美しい風景だとかも、それぞれ自然なリズムを持っている。そういうものに触れることで、自分の感情は相対化され、冷静さを取り戻す、それが癒しなのだ、というような話だった。
     これを先ほどの話と組み合わせると、また別の視点が生まれる。音楽が人の心を癒すものであるのは、人の感情と違うリズムを持っているからなのに、石川さゆりのやっていることは、歌を、癒しから遠のかせ人の感情に近づける作業であるから、そういうものが本当に人の心に響くのだろうか、と懸念される。歌とか芸術って何なのだろう。
     
      
     
     
     
    April 07

    春の夜の夢

     春は雨が降ったり気温が下がったり落ち着かない。新年度が始まり私たちの気持ちも落ち着かない。
     でも、なぜか浮き立つ気分。悪くない。春の夜道は朧な明かりをどこまでも歩きたい。
     
     新年度の合間を縫って、古い友人とあった。このブログにも書いたことのある、ハワイのモロカイで一緒に遊んだ友人だ。彼はコンピューター関係の会社に勤めている。年は随分離れているが、お互い会社に就職してちょうど1年。近況を語り合った。
     
     その日は平日で、夜9時からのスタートだった。いつもの阿佐ヶ谷集合で、ラーメン屋と魚料理とで迷ったが、魚料理の定食 屋へ。かつおのたたきとか、さばの味噌煮とか食べた後、いつものバーへ。このバーがなぜか楽しい。かなり本格的なバーで、珍しいビールやお任せのカクテルをよく飲む。というか、他の店では、そういう飲み物を飲まない。年下の友人は、若いのにお酒に詳しく、いろいろ教えてくれる。カクテルだけでなく、ウイスキー・スコッチ類にも精通していて、私もこの日ばかりはいつも飲まないウイスキーを飲んだりする。(写真)
     
     話の内容は、申し訳ないのですが個人的なことなので、あまり書けません。でも、社会人1年目として、いろいろ苦労しているようであった。私は彼の目にどう映っただろうか。自分としては、思った以上に楽しかったように思う。それなりに悩んだり苦労したりした部分もあったが、その悩みはそれほど深刻でなかった気がする。昔より、人生が面白く感じるようになった。でも、ここからが大事だ。これからどんな夢を持ち、語れるのか。二人で会うといつも話し合うのは、5年後のこと。そうするうちに、今の自分はどんな状況なのか、今何が必要なのか、考えることになる。
     
     彼は私に、海外の大学で日本の文化を伝えるのが私に合っている、と言った。うーん、どうしようかな。日本語教師を続けるなら、海外に一度は行ってみたい。まあ、今やるべきことは分かった気がする。
     
     12時が過ぎ、私たちは気持ちよく別れた。また季節が変わったら、会いましょう。
    April 05

    good sleep

     桜は満開だというのに、最近寒い日が続いている。古今集以来、暦と現実の季節はずれるものと決まっている。
     今朝、「また今日もコートが手放せない寒さですねえ」と言い出すと、「これが花冷えってものかしら」とクールな返事が帰ってきた。素敵な職場だと改めて感じた。日本語ってすばらしい!一言でものの見方が変わってしまう。
     
     さて、先日のある夜の話だ。その日は、われわれの日本語学校に採用された同期のMさんのうちでホームパーティが催された。参加者は、Mさんとそのだんなさん、Tさん、Kさん、Bさん、そして私の6人。私は別の会合があり、遅れての参加だった。とりとめもないことをとまることなくおしゃべりしているうち、Tさんのプライベートレッスンの生徒の話になった。レッスンの中で「ぐっすり」という言葉が出てきたのだが、欧米系のその生徒はその新出語を即座に理解できたらしい。「ああ、good sleepですね、先生。英語からきたことばですか」語源を訊かれてTさんは答えに窮し、後日答えることにしてその場をどうにか切り抜けたらしい。しかし、辞書を見てもよく分からなかった、という話だった。
     さすがみんな日本語教師、興味津々でこの話題に飛びついた。「確かに音はそっくりだよね」「でもgood sleepが語源だとしたら、どうしてカタカナで書かないのかしら」「戦後に入ってきた外来語はカタカナだけど明治期に入ってきた外来語はひらがなになっているんじゃないの」など、喧々諤々百家争鳴の議論が噴出した。その場はなんとなく「ぐっすり=good sleep」なんじゃ
    ないの、という雰囲気だったが、私が調べてみる、ということで一応議論が終わり、別の話題へと移っていった。
     
     次の日、早速近くの図書館で調べた。「ぐっすり」のような擬態語は、意外と語源辞典に載っておらず、基本に立ち返って国語辞書と古語辞典を引くことにした。『広辞苑』や『大辞林』『大辞泉』の類は、語彙数は多いが説明が簡略なので、詳しく調べるには役立たない。そこで、日本で一番大きな国語辞典『日本国語大辞典』(小学館)を調べた。
     この辞書は、B5の大きさで厚さ約7,8センチの大きさの本が全13巻もある、大部の著作だ。一つの言葉には複数の意味があるが、その意味のそれぞれ(ブランチという)が古い順に掲出され、用例も古い順に並べてある。だから、この辞書はある語の歴史を知るにも大いに役立つのだ。しかし残念ながら、日本語教師でこの辞書を知る人は少ないし、日本語学校に置かれていることも非常にまれであろう。言葉の基本情報を得るのにこの辞書がどれほどすぐれていることか。
     「ぐっすり」は明治以降の言葉ではなく、江戸時代からある言葉だった。1725年の雑俳(つまり連句の遊びの句)の例が初出らしい。漱石の『坊っちゃん』にも用例があるそうだ。他には、すっかり濡れるという意味(「ぐっしょり」に近い)残らず全部(「ごっそり」に似ている)の意味もあるらしい。確かに音も近い。
     
     まだまだ日本語の森には知らないものがたくさんありそうだ。木の葉を踏む音をじっくり聞きながらゆっくりと歩を進めたい。
     
     
    April 03

    大阪出張②

     大阪ではうどんばかり食べていた。四国出身の私にとっては、大阪の味はとてもなつかしく感じる。
     なつかしいといえば、関西の独特のノリもいい。たぶん、滋賀や岐阜より西の県では、土曜か日曜のお昼に吉本新喜劇が流れていたはずだ。
     あのこてこてのツッコミやノリがなつかしい。同じ日本語ながら、明らかに言葉・会話の質が違うのだ。
     
     私の今回の出張の目的は、日本語教育振興協会(通称「日振協」)の、H18年度専門能力開発研修の参加である。今年度のテーマは「日本語教育スタンダーズと私たちの役割」。「日本語教育スタンダード」という言葉は、耳慣れない方が多いと思うが、間違いなくこれからこの世界の大きなキーワードとなる言葉だ「日本語教育スタンダード」とは、言語教育を行なう上で必要な、みんなで共有するレベルの枠組み、目安、基準である。このようなスタンダードは、EUのCEF(ヨーロッパ共通参照枠)を始めアメリカやカナダ、オーストラリアなどでも構築が進んでおり、世界の言語教育の潮流の一つといえる。日能試の次の改定も、日本語教育スタンダードを開発した上でその基準に則って作られるらしい。この話はまた、別の機会にできるだろう。
     
     その研修中、いろいろな人と知り合った。専任になって初めて、しかもホームではない大阪、何とか自分の学校以外の日本語教師からお話を伺いたかった。その中に、「クローバー××」のK先生と出会った。その日本語学校らしからぬ名前を名札に見つけて、「素敵な名前の学校ですね」とこちらがいうと、あちらは「グローバルじゃなくてクローバーですねん」。一瞬、?の文字が頭を駆け巡ったが、だじゃれっぽい言い回しだと気付くのにそれほど時間はかからなかった。本当に面白いおばさんだ。
     
     1日目の夜の懇親会では、若い日本語教師の人たちとお話しできた。主に大阪の学校の人たちだ。ある学校の人と話していたら、お互いの学校で作っている初級用オリジナル教材の話になった。F先生「うちのテキストは、日本語コミュニケーションいいますねん」。私「へえ、面白いですね。うちのテキストと名前が逆です。コミュニケーション日本語っていうんですよ」。F先生「うちのタイトルぱくったんちゃうんかい(笑)」など、くだらない話で盛り上がった。でもその学校は、四技能別にレベル分けを行なったクラス編成をしたり、学習ポートフォリオという自己評価表のようなものを導入したりなど、独自の工夫を施した授業を行なっている。すばらしい学校だ。
     
     ここまで書いて眠くなった。また続きがあれば次回にでも。
     
     
    April 01

    リニューアル

     いろいろ理由があって、リニューアルすることにした。
     一つは、ブログを見る人が徐々に増えてきたので、今までの記事やアルバムを整理して、内輪ネタをカットしたということ。
     もう一つは、半年ぐらいブログを書いてきて、少しずつ書きたいことの方向性が見えてきたので、気持ちを新たにしたいと思ったこと。他にも、学校の方針が変わったこととか、新しい年度になったこととか。
     
     「たわわなわたし」のタイトルは気に入っているのでそのまま使った。日本の伝統的な音律である7音だし、「たわわ」と「わたし」の音の重なり具合も悪くないと思う。
     でも、この間このタイトルをある人に教えたら、「なんかエッチな響きじゃない」と言われた。うーん、そんなつもりじゃないのだが。グーグルで「たわわなわたし」を検索すると、もちろん一番に私のブログが出てくるが、2番目以降は、エロビデオのタイトルとか巨乳AV女優のブログがヒットする。なんということだ。「たわわ」はもともと「たわわな実り」「たわわな果実」など、枝がたわむぐらい果物などが実るさまを形容する言葉だ。なのに、その実りを「乳房」とかけて、エッチなイメージを持つ輩もいるみたいだ。はあ。世の中はどこまですさんでいるのか。
     私の意図は、日本語教師としての私がスタートして、その思いを綴りつつ、それだけじゃない自分をいろいろ表現して、「たわわ」つまり実り多い自分になりたい、というほどのものだ。基本的には、養成講座の同期、あるいはうちの日本語学校の同僚、またいろいろなところで知り合った日本語教師の方々を読者として想定しているが、日本語教師としての私だけでなく、spitzの歌詞が好きな私、和菓子に詳しい私、日本の平安文学(和歌・源氏物語)を研究していた私、歌舞伎が好きな私、食べ歩きが好きな私、などなど、いろいろな「わたし」を見せていきたいと思う。
     
     

    大阪出張①

     この学校に入って初めて出張した。場所は大阪。学生時代、長期休暇のたびに遊びに行った街だ。
     
     新大阪の駅に降り立つ。久しぶりの大阪弁は新鮮で心地よかった。あのイントネーション、独特の言い回しが何ともいえない。どうしてみんな大阪弁なんだろう。窓の風景や電車に貼られたポスターがまるで違う国のようだ。果てには、人の顔やつり革の揺れ方まで、東京と「ちゃうんちゃうの」と思ってしまう。
     
     出張の前日の午後から休みをいただき、出張初日の会合が午後スタートだったので、午前中、京都の宇治へ行ってきた。
     前々から、『源氏物語ミュージアム』に行ってみたかったのだ。最近全然読んでいない。
     
     大阪・京都の地名は、路線図の名前を読んでいくだけでどきどきする。京阪電車で宇治へ行ったが、由来ありげな地名ばかり並んでいる。「森小路」「千林(せんばやし)」、よく知らないけど、一体どんな物語があるのだろう。「葛葉(くずは)」、ああ、歌舞伎の題材にもなったあの狐の話の舞台か、「伏見桃山」「墨染」「深草」、戦国の秀吉の時代や古今集の歌を思い出す。「六地蔵」、お地蔵様の民話がそういえばあったっけ?「木幡」この辺では、「こはた・こばた」ではなく「こわた」ってよむんやな。なるほど。古事記の時代からの地名だ。馬があっても「徒歩(かち)」で行く、と『源氏物語』の歌に詠まれていたっけ。「黄檗」禅宗の有名なお寺があるところやんか。
     
     宇治に着いた頃には、もうすでに頭の中の昔話のイメージに酔っていた。
     
     でも、やはり実際の宇治を散策するのはとても気持ちがよかった。橋姫の碑の近くでは、鶯の声のもてなしを受けた。ああ、自然っていいなあ。