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November 26 二人になるための一人、ひとりになるためのふたり 最近人と会う時間が多い。お昼に学生と、会社帰りに友人と、週末に飲み会と。
とくにこの1週間はやたら多かった。かといって、決して勤め先がひまだったわけではない。むしろ、いろいろ取り込んでいて忙しかった。22日には、JET(国際交流協会)という団体の研修での講義があった。1週間前に会場設営の変更があり、授業内容を変更せざるをえなくなっておおわらわ。外部への出講は本当に神経をすり減らす。その合間にいろいろな人と会った。友人と二人で会う、3件。お昼に会社を抜け出して友人、学生と食事、2件。夜、前のクラスの学生に日本語を教える、2回。今の日本語クラスの飲み会、1件。
その中の一人、友人Sについて少しお話しようと思う。
Sとは3ヶ月ぶりに会った。今はだいたい、季節に一度のペースで会っている。Sと会うときは、最後に必ず阿佐ヶ谷のあるバーに行く。我々二人のお気に入りの店だ。その日も、夕方6時に阿佐ヶ谷駅で待ち合わせ、まず食事。これが意外と早く終わり、お酒を飲むのが好きなSは、すぐバーへ行こうとしたのだが、開いていない。それはそうだ。あの類の店はopenの時間が遅いのだから。
私にカクテルやウイスキーについて詳しく教えてくれたのは彼だ。彼がいなければ、私はたぶん、バーのような飲む店にはほとんど行かなかっただろう。でも彼は、30代半ばの私より一回り以上年下である。出会った頃は、二十歳そこそこのガキだった。
ここまで読むと、もしかしたら、少し不良っぽい、背伸びしたがっている少年を想像するかもしれない。しかし彼はおよそそのようなイメージからはかけ離れている。もう二十歳でスーツの似合う、眼鏡の奥の眼光が鋭い、パソコンと電子手帳を片手にしたサラリーマン、なのである。彼とは学習塾での同僚として出会った。知り合ってまもない時、帰りの電車を待つプラットホームで遭遇したことがある。片手に携帯、もう片方にビジネスバッグ、歩きながら忙しそうに英語をまくしたてている。武蔵○○のような田舎にどうしてビジネスマンが?、と思って振り向くと彼だった。
ずっと年下の彼と、どうしてこんなに仲良くなったのか分からない。もう3年以上付き合いが続いている。今年の4月に学習塾をお互いやめてからもずっと変わらぬ付き合いだ。お互い中高一貫の男子校出身、ということで、メンタリティに似たものがあったのかもしれない。私の大学院の後輩が、彼の高校時代の国語の先生だった、というようなちょっとした縁もあった。それにしても不思議だ。お互い、ときどきそれを話題に語ることがあるがついに結論が出ない。彼とは2度、ハワイ旅行している。彼がハワイ留学中と、つい最近の今年の3月だ。そのことを別の友達に話すと、「ホモなんじゃない?」と茶化された(もちろんちがいます!)。それぐらい仲がいい。
さて、話を今週に戻そう。時間が早すぎたわれわれは駅前のスターバックスで時間をつぶし、8時過ぎに目的のバーへ。それから10時半までいろいろな話をした。お互いの仕事のこと、昔の二人の職場だった学習塾の人たちの消息、などなど。二人で話すと面白いのは、話が深まると、シリアスな内容も自然と語り合える、ということだろう。その日は、5年後、というテーマでお互い語り合った。5年後、どんなビジョンを持っているか、そのために今何をしたらいいのか。お互いの5年後と現在を語り合い、批評し合う。彼は今コンピュータ関係の仕事に就いているが、もともと教育関係にも興味がある。私も、教育産業との関わりが深く、今も日本語学校という教育現場に勤務している。彼のプライベートを語るわけにはいかないので、私の5年後だけ少し話すと、日本に残るべきか、海外へ行くべきか、そこから始まり、外国人に、日本語だけでなく日本の文化を教えるにはどうすればいいか、などの話をした。こういう話は日常に追われているとなかなかできない。自分を見直すいい機会になった。
人と会い、じっくり話すというのはいいものだ。私は20代、ずっと日本古典文学の研究に明け暮れた。一日中うちで本を読んだり論文を書いたり、人と話さず終わる、という日々が、1年の半分ぐらい占めた年もあったと思う。一首の歌について、ああでもないこうでもない、と歌の解釈を2、3日考えることもあった。それに比べると、今年は本を読んだり何かを書いたりする時間が随分と減った。学校勤めのサラリーマン生活を始めたせいもあるが、意識的に予定や付き合いを優先している部分もある。そうすると私は、じっくり考えることが少ないのが非常に不安になる。大切なのは、dialogueとmonologueのバランスだ。
この週末(つまり今日26日)、久しぶりに予定が何もない。でも、いつもならだらだらと無為にすごす午前中、何か中身のあることがしたくなった。集中力がしぜんと体全体にみなぎる。人生に対する真剣さが増した気がする。ふたりの時間の充実が、ひとりの時間の充実に結びついていると感じた。
人と会うことは決していいことばかりではないだろう。争ったり傷つく場面もあるはずだ。でも、だから人は考える。ふたりがひとつになるために。タイトルの「ふたりになるためのひとり、ひとりになるためのふたり」は、浅井和代という人の次の歌からとったものである。「いつかふたりになるためのひとりやがてひとりになるためのふたり」。これはもちろん恋愛の短歌(自由律だけど)である。でも、恋愛だけでなく人生すべてに当てはまる至言だ。
November 05 言葉の温度 はやいくとせ 花のお江戸の人となり
大学に入るために上京してからずっと東京暮らし。先日も郷里の友人と交わしたのは、「もう東京に住む年のほうが長くなったね」との言葉だった。彼らとの会話も、標準語の割合が多くなった。家族と話しても、方言をあまり出せない自分がいる。東京では、ほぼ隠しおおせている。
関西弁の人は例外として、地方の人は、(たぶん)人前で方言を話すことを恥ずかしいと思っている。全然気持ちが通じず、エイリアンのように見られてしまうからだ。一生懸命標準語をしゃべろうとして、器用な私はすぐにうまくなった。大学に入っても、「東京の人?」とよく言われたものだ。それでも、出てしまった方言にこんなのがある。
「なんぼ!!」
家庭教師先で、つい出てしまった言葉だ。関西圏ではおなじみの、「いくら」という意味の言葉である。小六の生徒の計算があまりに遅く、いらいらして思わず口走った。その子に真顔で、「なんぼって何?」と返され、苦笑するしかなかった。
今の言葉はまだいい。自分で口にした後すぐに、方言と気付いた。しかし、方言だったことに気付かず使う言葉もあった。
「今日はぬくいね~~」
ある年の11月末の小春日和のある日、友人になにげなく、もちろん通じない言葉だとは全く疑わぬまま、使った言葉だが、それを口にしたとたん、となりにいた友人二人が「えっ?」と聞き返した。どうして聞き返されたのか最初は全然分からず、いろいろ問答していくうちに、「ぬくい」が方言であり、少なくとも東京の人間には通じないことが分かった。わたしとしたことが。
でも、方言を使うことは悪いことなのだろうか。もう方言をほとんど使わなくなった自分に気付き、愕然としたことがある。20代後半のある時期だ。怒ったり泣いたり、といった感情表現がほとんどない。よく人から、「どんな場面でも怒ったことないよね、いつも穏やかだよね」と言われた。でも実は、怒るすべ、怒る言葉を知らないのである。標準語を使って怒っても、それは怒りではなく冷静な言葉でしかない。かといって、標準語という異言語で怒っても仕方ないことはわかっている。クールになる他ないのだ。ストレートに怒りを表現できない自分に苛立ちを覚えた時期もあった。私のような例は極端な例なのだろうか。
言葉は、生きた言葉は、生きた人間の言葉は微熱を帯びている。日本語は特にそうだ。ある先輩の先生から、「授業の導入は言葉に気持ちをどれだけこめるかがすべてだ」というアドバイスをいただいた。まさに至言である。熱を帯びた言葉をこれからも教えていきたい。 |
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