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January 30 さざ波今週はいろいろな人とコンタクトをとっている。この間の週末、土曜はお茶のお稽古に久々に参加し、暖かく迎えてもらった。日曜は、多読研究会に、養成の教え子をひきつれて、これまた久しぶりに乗り込んだ。夕方から、古い友人二人と旧交を温める。 週明けは、なぜか外国人の教え子からの連絡がいくつか。その流れでfacebookというSNSに加入した。前にも誘われていたが、そのときは面倒そうだったので断っていた。mixyに入っているし、サイワールドもやったことがあるが、慣れないうちにやめてしまった。最近は、hi5というのにも入ったが、こちらもなじまない。 うちの会社のHPに現在のっている、外国人学生へのインタビュー記事がある。シンガポールの学生へのインタビューで、インタビュアーは私。彼らの授業は一度しか担当しなかったが、すごく印象に残った。その人たちと久しぶりにコンタクトがとれた。 今日はトルコから友人が帰国。なんだか周囲がせわしなく、心に絶えずさざ波がたつ。でも本当の大きな波は、私の心の底から湧きあがる。 January 22 ドラマのチカラ東京で今、「恋のチカラ」という古いドラマの再放送をやっている(正確には「いた」)。堤真一と深津絵里が主演のドラマで、大手広告社に勤めるOL本宮(深津)が、その大手広告社から独立する花形デザイナー貫井(堤)に引き抜かれるところから話が始まる。その引き抜きは、実は人違いだったことが後で判明。でも、お互い同じ職場で働くうちに、自分でも気付かないうちに惹かれあう、というようなストーリーだ。(かなりはしょっています。) 矢田亜希子も出てくるのだが、これが「やまとなでしこ」と同じく堤を好きになって付き合い、最後に振られる、というパターン。私は矢田亜希子のようなタイプが好きなので、実はそれでこのドラマを見始めたのだった。昼間の再放送だったので、わざわざビデオ予約までして。 でも、見ているうちに、(単純で情けない話だが、)堤扮する貫井の人生に自分を重ねていった。貫井が、大手広告店をやめ、起業・独立するのは、自分が本当にやりたい仕事を追求するためだ。でも、現実にはそううまくは行かず、実力だけで評価を受けるものでもない。また、自分の仕事が認められず、やけを起こすこともある。 ドラマなので、始まって5分後に浮かび上がった問題・悩みは、大体40分後、長い時は翌週には解決するのだが、現実はそうはいかない。本当にやりたい仕事なんてあるのだろうか。自分が何をしたいのか、そんなに分かっている人がどれほどいるんだろう。 仕事場の雰囲気がよく、ほとんどの場面で楽しそうに仕事をしていたのが印象的だった。今の自分は、果たして楽しいだろうか。人に話すときは、他の人が体験できないことができるし、面白みもある、というような説明をするが、決してそれがすべてではないことはよく分かっている。 言葉の面白さ、表現の楽しさを追求し、教えたかったのに、私自身、言葉を楽しんでいるだろうか。俳句を久しぶりに読み始めて、よさを改めて感じた。短歌を読み解くことの面白さ・・・。 ドラマを見ることもふくめ、人生を楽しく生きることを考え直そう。 January 20 データ派より自己中心派最近、俳句を簡単に評する仕事が入った。お世話になっている方が主宰するちょっとした雑誌に俳句投稿欄があるのだ。ひょんな事情から、そのコーナーを任されることになった。最近、和歌などの短詩形文学に親しむ時間がなくなったので、まずは勘を取り戻さなくてはならない。添削の作業もあり、大変そうだ。 体調もよくなった。本を読む時間も増えた。ブログというのも面白い。先週は結構書いた。その週はアクセス数の伸びがそれほどでもなかったが、今週は2日だけでなかなかの勢い。 この間、婚活の小特集を見ていたら、アラフォーの人たちが結婚サイトのデータで、年収や身長などを入力しつつ結婚相手を探していた。自分のデータを改めてチェックすると、本当に悲しいものがある。でも、自分の人生、何なのだろうか。そういうデータがその人の価値なのだろうか。確かに価値の一面を表すと言えなくもない。でも、そうじゃない、データにならぬ「ひかるもの」を人生に持つことが必要なのだろう。そういうものをもつ自分でありたい。 今ほど人生や生き方に真剣に向き合う時期はなかったのではないか。大学生ぐらいにそういう時期を体験するべきだった。これからどれほど切り開くことができるのか。己を恃むしかない。 January 13 チェ・ゲバラ週末、久々に映画を見た。「チェ・ゲバラ 28歳の革命」。私がこの人のことを知ったのは、去年、いやもう一昨年(2007)のことだ。遅すぎる。ドミニカ共和国へ旅行するとき、キューバも同時に回ろうとした。結局その強行日程は無理とわかり、あきらめた。そのとき、キューバの英雄チェ・ゲバラのことを知ったのだった。 映画は、2つの時間の流れ、つまり、少人数のゲリラからスタートした反政府活動が実を結ぶまでのキューバ革命自体の時間と、それ以外の時間(メキシコでのカストロとの出会い、革命後のキューバ滞在)である。前者がメインで、後者の時間がフラッシュバック的に、時折、白黒で挟み込まれている。その二つの時間のからみは今一つよくわからなかったが、革命の様子は、地味ながらチェの人柄が伝わってきてよかった。単なる勇敢さだけでなく、人民に読み書きの大切さを説いて実践したり、大事な場面で毅然とした態度をとったりするところが、生き方としてかっこよかった。 この映画は、かなりの年月をかけて企画が練られ、アメリカ人の監督であるにもかかわらずキューバ政府からロケの許可ももらい、かなり忠実に彼の半生を描いているそうだ。キューバの景色を見て、ドミニカを思い出した。おととし読んだ、「反米大陸」という新書のことも想起した。私はまだまだ、世界の歴史の10分の1ぐらいしか理解していないのだろう。 今月末には、この映画の続きが上映される。前売りチケットはもう買ってある。 January 09 雪今夜から明日の朝にかけて雪が降るそうだ。この冬一番の寒さになりそう。やはり1年のうちで1月が一番寒い。 この寒さの中、みんなはどう過ごしているだろうか。年末に修了した日本語教師養成講座の教え子たちは、たぶんそろそろ就職先の学校で新米教師としてスタートを切っていることだろう。昔の教え子が大連から帰国したと思うのだが、彼女からはまだ連絡がない。トルコの友人、古い友人たち、などなど。 昨年は白秋の「林檎の香のごとくふれ」をブログで書いたが、今年頭に浮かんだ雪の歌は、大伴家持の「あらたしき年の始めの初春のけふふる雪のいやしけよごと」だ。久々にこの歌を思い出した。昔はよく年賀状に添えたものだ。 最近、「クナイプ」というドイツ生まれの入浴剤にはまっている。塩の塊のような入浴剤で、日本のものとはかなりちがう。本当に体がよく温まる。今夜はぐっすり眠れるかな。 いつまで続くか分からないが、いいペースで本を読んでいる。生真面目すぎない範囲でがんばろう。 January 08 肘の上のポニョ今朝の朝日に、「肘の上のポニョ」の話が出ていた。二の腕に肉がついたという話である。今日は七草。お正月のごちそうで荒れた胃を七草粥で調整する日だから、そんな話題が選ばれたのだろう。 私は大しておもしろくも思わなかったのだが、朝の職場でこの天声人語が面白いと支持されていた。私の感受性がにぶっているのかなあ。思わずもう一度読み直してみた。結局、ここが女性の職場だから、こういう話題に敏感、ということなのだろうか。カンジ力よりカンジル力のほうが、生きるためにはずっと大切な気がする。(昨日の発言の反省もこめて) そんなにひどくないのだが、年末からずっと咳が続いていて、昨日は漢方の薬を買った。それを煎じて飲む。これが、本来の薬なのか。妙に昔の人になった感じがした。 私がリンクをはっている、硯水亭さんのブログにお邪魔したら、そのブログにも私のブログへのリンクがあるのだが、そのブログ紹介のコメントに「生真面目な日本語教師」とあった。前は確かそんなこと書いてなかったのに。生真面目って何だろう。でも、まじめすぎる、というのは、時々言われる。源氏の登場人物でも、自分では薫大将が自分のイメージに一番近いと思うのだが、人から言われるのは「まめ人」夕霧が多い。 今週はほぼ毎日ブログを書いている。お正月休みのおかげで、だいぶ肩と頭の力が抜けた。休みが終わってやっと疲れがとれた感じだ。まあ、無理せず続けよう。 January 06 nihongoリテラシー「リテラシー」という言葉をみかける機会が多くなった。「リテラシー」は、直訳すると、読み書き能力、ということになるらしい。いわゆる、「読み書き算盤」というときの「読み書き」に近いのだろう。最近見かけるのは大学での授業名だ。「コンピュータ・リテラシー」とか。基礎的な能力を身につける科目なのだろうが、さらに「入門」という言葉がついて、「コンピュータ・リテラシー入門」という科目もある。5,6年前には「メディアリテラシー」というような分野も話題になった。「メディアリテラシー」とは、新聞やテレビなどのメディアを、バイアスをはずしつつ読み解く能力のことである。 1990年代から「日本語表現」「言語表現」といった科目が大学に増えつつある。高校の国語の授業の延長上にあるような科目で、レポートの書き方とかゼミ発表などのやり方、果てにはノートテイキングの作法を教えている大学もある。その科目にも、最近、「日本語リテラシー」という科目名をつける大学が出てきた。「リテラシー」の名のもとに、こういった、新たな形でのリベラルアーツが大学で形成されつつある。 1月4日(日曜)の朝日の朝刊に、私が非常勤で勤務しているT〇Uの記事が出ていた。うちの大学は、うすうす感じてはいたが、実学重視に傾倒した大学だ。こうやって改めて記事にされると、その異様さを改めて認識する。日本語表現という科目も、漢字検定や文章検定に置き換えれば、資格取得という実学志向にすぐ生まれ変われる。 外国人に日本語を教えることも大切だが、日本人の日本語力も大切だ。これから社会に出ていく大学生には、どのような日本語リテラシーが求められるのか。大学生の質を保つための基礎力強化なのか、「日本語」という資格なのか、それとも・・・。前回の話とも通じるが、グローバルな視野とローカルな個性を重んじる新たな日本語観が今こそ必要なのかもしれない。 January 05 落丁今、「日本語が亡びる時」を読んでいる。作者は水村美苗。かなり前に、「続明暗」で有名になった小説家だ。その「続明暗」も読んだが、漱石の文体をあそこまで再現し、しかもその展開も面白い、というか、漱石っぽいもので、ファンを納得させるに十分だった(と私は思った)。 私はあまり小説を読まず、久々の単行本のこの本も、小説と思わず読み進めていたら、やはりというか、小説家らしい文体で、久々に心地よかった。最近読んだ車谷長吉よりは好感がもてた。長吉のあの時代がかったごつごつした私小説文体も悪くはないが、ごつごつしすぎている。私の性格にはこちらのほうが合った。リービ英雄の文体にもちょっと似ていた。 途中から彼女の意図がわかってきた。小説っぽく入りながら、だんだん主張を始めていく。詳しくサマリーするつもりはないので結論から言うと、彼女は日本の近代文学こそが日本語の頂点、規範としてあり、それを守ることが大切だ、と言いたいらしい。(但し、すごく単純化して述べているので、この部分だけで彼女の主張を判断してほしくない。)世界の〈普遍語〉である英語に対し、〈国家語〉である〈日本語〉の地位はこのままでいいのか、ということだ。日本語の多様性にあえて目を瞑り、国民文学としての近代文学に価値を置く考え方は、よく考えたら「続明暗」から続く彼女の主張なのだろう。 彼女の意見は少々極端で、書評でも意見がわれている。しかしともかく、この意見が、日本の外部・周縁の作家から提出されていることには注目したい。初の西洋人による日本語小説家リービ英雄にしろ、帰国子女の美村美苗にしろ、日本語を外部から捉える動き、考え方が一つの流れを作りつつあるように思う。ここに、日本語教育の中での日本語がどうつながるのだろうか。 ちょうど約半分ぐらいまで読み進めたところで、195、196頁分の1枚が落丁していることに気が付いた。印刷所に送って取り替えてもらわなければならない。落丁は久しぶりだ。読了はいつになることやら。 January 03 年賀状2昨日今日と年賀状が来た。書いていない人から10人以上来た。まずはその年賀状を書くことが優先事項となった。 今年は90枚ほど書いた。これが多いのか少ないのかよくわからない。約半分が現在の勤め先関係だ。専任スタッフでほぼ毎日顔を合わせている人には書いていない。あとは古い友人、大学院時代の知り合い、仕事を通じて知り合った人、などなど。ささやかながら、よくまあ交友関係が広がったものだ。でも、大学院時代、つまり20代半ばで、信じられないぐらいたくさん年賀状を書いていた人がいた。ある友人は、そのころすでに200枚ぐらい。また、体育会で野球部のマネージャーをしていたSという男は、1000枚ぐらい書いていたとうわさで聞いた。彼は、所属機関の名簿上の人物ほぼ全員に賀状を出していた。私は同じ学年だからなんとなく知っていたが、学年の違う人たちは知らない先輩から賀状が来てびっくりしたに違いない。 年賀状は、自分と相手との関係を再構築する場である。だから、Sのような、なりふり構わず出しまくるポリティカルな手法には同意できない。(ちなみにSは口べたであまりまともな会話ができる人ではなかった。会ってもまともに挨拶さえできない彼だったが、何かの係にはすすんで立候補した。その結果、今はある大学の職を得ている。)昨年はこちらから出しても返事がなかったので、今年は出すのをやめたら、その人から賀状が届いた、というようなやりとりがお互いに続くこともある。あるいは、正月の何日に届くか、などが気になることもある。5日や6日に届いたとすれば、その人はこちらからの賀状を受け取った返事として書いているにちがいないから。 私の古い友人で、私の賀状が3日に来たことにいたく立腹した人がいた。大学時代の話で、その友人とはもう四半世紀の付き合いになる。中学高校時代はまめに年賀状を書いていたのだが、大学に入り、例に洩れず怠惰になった私は、年賀状を31日になってようやく書き、出したのだった。同じ都内に住んでいたので、3日に届いただけでも僥倖である、私としては。でも、彼にとっては、仲の好い私からの年賀状が元旦に届かなかったことが許せなかったらしく、かなりの剣幕で怒っていた。(と思う。過去のことなので、私も記憶が曖昧だ。) 年賀状を元旦に読むのは、うちでも恒例行事だった。お正月はいぎたなく昼まで寝るが、年賀状が玄関のポストに入る「ガシャ」という音ばかり気にしていた。2時になっても届かず、郵便局へ父が電話したこともあった。父への賀状がほとんどだが、小5、小6と学年が上がるにしたがい、自分への賀状が少しずつふえていく。それがちょっと大人になったような気がしていた。当時は2日は郵便配達が休みで、3日以降に届く賀状は興ざめした感じだった。 その友人からの年賀状は、今年は2日に届いた。もう何年も前から、彼もそんなことは気にしなくなった。昔に比べ、年賀状の楽しみとか受け取ったときの喜びが随分減ったのはなぜだろう。それでも、手書きの文字を見るとうれしくなる。 |
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