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January 31 諸橋轍次 それは、表参道からちょっと逸れた建物の一角にあった。
諸橋轍次展。
「諸橋轍次」というのは、ご存じの方もいらっしゃると思うが、あの『大漢和辞典』の編纂に生涯をかけた「漢字の神様」である。『大漢和辞典』は、親字五万余字、熟語五十万余語を収める、文字通り大漢和辞典だ。B5版より一回りくらい大きい形で厚さは1冊あたり約10センチ。それが索引・補巻も含めて全15冊。中国で一番大きい漢字の辞典『康煕字典』をはるかに凌ぐ、世界最大の漢字の辞典でもある。中国で違法な海賊版が広まっていることからも、この辞典の偉大さが分かるというものだ。
私は、大学院時代、この『大漢和辞典』と日本最大の国語辞典である『日本国語大辞典』(小学館)には大変お世話になった。それ以外にもいろいろな辞書を閲覧したが、この二つは最終手段だった。漢詩・漢文で分からない言葉があると、まずこれを調べた。非常に愛着のある書物だ。
先週、新聞で「諸橋轍次展」があることを知り、休みの日、めったに足を踏み入れない原宿の街を久々に歩いた。見慣れないアバンギャルドな建物に目を奪われるのもまた楽しい。表参道ヒルズを少し入った、新潟県のアンテナショップの3階にそれはあった。
もともとそれほど期待していなかったが、目を引くものはあまりなかった。いくつかの生家の写真と遺墨、それに『大漢和』のゲラ刷り。上映していた30分ほどのビデオは、彼の生い立ちや『大漢和』ができるまでを分かりやすく解説していた。それよりなにより、展示の方法が杜撰だった。これでは、諸橋があまりに可哀相だ。新潟の人は本当に彼のことを誇りに思っているのだろうか。
漢字を外国人に教えるのは難しい。文字が難しいとなかなか興味を持ってくれない。でも、その体系の奥深さには目を見張るものがある。日本人だが、漢字についてはまだまだ知らないことだらけだ。部首の話も面白い。例えば、衣扁(ころもへん)。ころもへんは、被や袖、裸など、左側に偏ることが多いが、裂や製など、下に来ることもある。裁は斜め下にある。さらに、「裏」という漢字は面白い。衣が上下に分解し、里をはさんでいるのだ。一方で同じ意味の漢字に「裡」というのもある。使っているパーツは「裏」と同じ。不思議だなあ。この二つはどう違うのだろう。
諸橋の『大漢和』には、そんな漢字の秘密がいっぱい詰まっている。もちろん、われわれが活用しないことには、その秘密はいつまでも紙背に埋もれたままだ。展示が寂しかったのは残念だが、『大漢和』の偉業を改めて検証=顕彰できたのは僥倖だった。まだ手にとったことのない人は、一度どこかの図書館でぜひこの辞書を開いてみてほしい。言葉の重み、漢字の重みを感じるはずだ。 January 28 友人と会う週末の金曜、久しぶりに高校・大学を通じての友人2人と会った。一人は小学校六年の学習塾で出会った友達だから、20年以上の付き合いになる。付き合いの長さもさることながら、自分が生きてきた時間の長さを改めて実感。
会場は、いろいろ候補が挙がったが、結局みんなが西武新宿線ということもあり、高田馬場になった。店の手配は私が。いつもは集まってから適当に店に入るのだが、今回はみんな早く集まれそうな雰囲気だったので、店を予約した。イタリア料理店だ。しかし結局時間通り来たのは一人で、私ともう一人は残業のため大幅に遅れた。
全員が揃ったのは21:30の少し前。レストランは、食べ物がもうラストオーダーだ。待っていた大阪出身の一人はご機嫌斜めだ。「となりの席がわいわい盛り上がってんのに、俺一人でまっとったんやで。鍋にも火ぃつけられそうになるし、むっちゃ気まずかったわあ」もうこちらは詫びるしかない。でも、こんなときあけすけに非難してお互い気まずくならないのも、友人だからこそ。
バリバリのビジネスマン生活を送っている二人の話に、私はときどき合いの手を入れるのがやっとだ。世界情勢の話とか、銀行の話、役人の話、などなど。一人が企業から国交省に出向していることもあり、役人についての話が最近多い。我々の友人で役人になっている人も多いし。だいたいが非難だが、客観的に国を憂うような論調もあり、私の世界とは大きく違うな、と思った。私の業界が世界情勢や役人と決して無縁なわけではない。うちの職場を非難する気はゆめゆめないが、自分たちの仕事をマクロ(巨視的)な視点で同僚と語ることは本当に少ない。例えば、昨年うちの学校(会社)全体でeラーニングについて考える会合をもち、外部の先生の講義を受けた後、うちの学校での導入について各自レポートを提出したが、理事長の話によると、ほとんどが反対だったそうだ。少し他の人と話した感じでは、今でさえ仕事が忙しいのに、さらに仕事を増やすことはできない、という理由で反対のようだった。まあ、それはそれで一理あるのだが・・・。
彼らと会っていると、今の自分を客観視することができる。まだまだ足りないところがある。まだまだ視野が狭い。自分が至らないところはどこなのか。などなど。だから、人生にとって本当に必要な時間だ。
でも、この年になると、少しずつ話す内容にも変化がある。最近必ず出る話題は、「死」そして「健康」。こんな話題、できれば避けたいが避けずにはいられない。亡くなった同級生が少しずつ増えている。健康診断の結果が気になる。
一つだけ、私から振った話があった。方言の話である。先週から私は「日本語教師養成」クラスの実習授業を担当することになった。日本語クラスも1年と少ししか担当していないのに実習授業を担当するのは少し気が引けるが、仕事だからそうも言っていられない。二回目の授業のとき、上司の先生が見学に入った。概ね授業に問題がなく安心したが、一つだけ指摘されたのが、実は方言だったのである。それも、非常に重要で、意外なところだった。助詞の「を」である。「本を読みます」など、初級から登場する重要な言葉だ。間違えようがないじゃないか、とお思いの方もいらっしゃるだろうが、私はこれを「wo」と発音するのである。つまり、表記通りだ。しかし、たぶん、ほとんどの日本人は、これを「o」と発音する。「を」はどこにあっても「オ」なのだろう。でも、愛媛の人はたいていが「wo」と発音するのではないだろうか。
自分で、「方言だからしかたないんですよ。気をつけます」と言い訳したものの、方言かどうか自信がなかった。お隣の香川県出身者は「オ」と発音するそうで、ますます自信がなくなった。そこで今日、二人に聞いてみた。すると、やはり一人は「wo」と発音していた。念のため、表記通りのつもりで発音しているか、と聞いたところ、そうだ、と答えた。もう一人は大阪出身なので、「o」と発音していた。愛媛はみんな「wo」なのだろうか。 まあ、そんな話をしつつ、二次会はカフェで3人でケーキセットを食べつつ、文化談義。私を除く二人は大の映画好きで、私もまあまあ好きなので、最近見た映画や面白そうな映画、さらには最近読んだ本の話が続いた。私は仕事柄本をたくさん読むが、仕事のための本や論理的な文章、例えば新書などが好きなので、彼らと好みが合わない。でも、お互い、面白い本はないか、と必死で論じ合った。私も、最近読んだ数少ない小説の中から、「『算法少女』という児童文学を読んでみたけど、まあまあ。ちょっと中身が足りないかな。」とか「綿矢りさの『蹴りたい背中』は予想に反してよかった」など話題を提供した。佐藤慶(名前合ってる?)という元外交官の本はなかなか面白い、とか、宮部みゆきはまあまあ、など、いろいろ情報交換した。残された人生の時間はあと半分となった。仕事で本を読む時間も限られている。その時間を費やす本は厳選しなければ、という意欲は見習いたい。
イタリア料理もうまかったし、ケーキもうまかったし、会話も満足。今度集まれるのはいつだろうか。 January 20 ドラマのぢかん このブログも、だらだらしながらなんとか続いている。
アクセスも、毎日何かしらあるのでありがたい。少しずつ更新の頻度を増やせればいいのだが、まあ無理しないのが続ける秘訣とみた。
土曜の午前が久々に休みでうれしい。今週はいろいろあった。月曜に学校を早退してそのまま火曜も休んだ。働き出して初めてのことだ。月曜は39度の高熱が出てほんとに死ぬかと思った。火曜に病院に行ったときは、インフルエンザの検査初体験。鼻の穴の奥に綿棒のようなものを入れられるのだが、痛い上に何となく屈辱的だった。もっとお手柔らかな検査はないのか。
不幸な話はありすぎてあまり面白く描けそうにないので、ドラマに関する話を二つしたい。
一つは、日本テレビで毎週水曜10時からやっている「ハケンの品格」というドラマの話だ。先週から始まり、今週2回目。最近ドラマを見なくなった私が、珍しく曜日と時間を覚えて続けてみている。このドラマは、リアリティを追求するというより、話を作りこんだドラマだ。テーマはタイトルの通り「ハケン=派遣」で、篠原涼子扮する会社ハケンのスーパーウーマンが正社員を圧倒して仕事が出来る、という、派遣社員から見れば痛快なドラマである。正社員をやりこめるシーンはちょっとマンガチックでおおげさだが、そのハケンさんは夜フラメンコのダンサーをやっているとか、家の本棚には哲学書が並んでいる、いろいろな車の免許を持っているなど謎が多く、それが少しずつ解き明かされていく、という点も見所だ。スーパー派遣の引き立て役の新人派遣、加藤あいの、単純で考えないキャラクターもなかなかはまっている。
その中で私が一番気になっているのは、篠原涼子の姿勢、歩き方だ。アネゴ的なキャラクターの彼女にとって今回のあの役はまさにはまり役だが、あの、腰を落として頭がほとんどぶれない歩き方はすごい。あれは演出の指導なのか、彼女のキャラクター作りの一環なのか、どちらかは分からないが、あの部分にそうとう力を入れていることは確かだ。舞台から花道を下がるときの能役者が思い浮かぶ。それくらいすごい。「品格」を表すため、見えないところでいろいろ努力しているドラマとみた。そういえば、タイトルは「国家の品格」のモジリなんでしょうね、きっと。
もう一つのドラマは、自分が演じたドラマの話。金曜の夜、久々に、前にいた系列の別校舎に出向いた。うちが経営する2つの学校で共通の実力テストのうち、聴解テストの録音を行なうためだ。そのうちの何問かに私が出演する。
学生が私のブログを見ている可能性があるので今回のことにはふれず、前回の録音を参考に様子を少しご紹介したい。前回分の聴解テストの問題は、全部で20問。私はそのうちの5回分ぐらいに出演した。1問はだいたい30秒から1分ぐらいで、一人がニュースのように長い文を読む問題と、二人か三人が出演する対話形式の問題の2種類がある。前者の場合、お知らせしたり、教えたりする内容になる。教授が講義する、であるとか、仕事の先輩が研修で後輩にレクチャーする、などである。
一人で長い文を読むのは難しい。滑舌の問題ではなく、日本語のアクセントの問題である。意外と自分のアクセントはこれまでの人生を反映していたりする。この間の録音では、ある人が「おきゃくさま」を正しく発音できず、そこで録音が1時間以上滞った、という出来事があった。「おきゃくさま」は、「お」の次の「きゃ」で上がり、最後の「ま」でまた下がるわけだが、その人は北関東の出身でほとんど平板アクセントになってしまい、それをうまく認識することができないのだ。単語だけで言えても、文の中で発音するとだめになってしまう。私は、ほとんど標準アクセントなのでそれほど問題はなかったが、それでもたまに関西系のアクセントが混ざっているらしく、いくつか間違いを指摘された。ひとつは「しかし」だ。私は最初の「し」を強く言って「かし」を下げて発音していたが、正しくは真ん中の「か」だけを上げる発音だった。「さむかった」の発音も難しい。終止形の「さむい」だったら「む」だけ上げて山のように発音するのだが、「さむかった」になると、「さ」のみ上げるのか「む」のみ上げるのか迷うところだ。どちらも間違いではなく、学校としてどちらかに統一する、という話だった。
対話形式の問題は相手の先生との掛け合いが楽しい。会話なので、それほどアクセントでつまずくことはない。タイミングとか間の取り方で思わぬ意味も生み出す。前回の会話では、男性二人の対話の片方を担当した。スクリプトの内容は、休みの日に男4人ぐらいで車でどこかで出かける相談なのだが、私だけ彼女を連れて行きたくて、車を2台出して別の車で行く、という話だ。私は彼女を連れて行きたい方を担当したが、彼女と二人で車に乗りたいことを、はっきりとは言わず、「うーん」とか「そうだなあ」とかあいまいにして気分を伝える、という難しい役どころだった。でも、この問題は学生たちに好評だったから、なんとか気分は伝わったのだろう。
最近、なかなか文章がうまくまとまらない。でも、読む人のことを想像するのが少しずつ楽しくなってきた。無理なく続けよう。
January 14 「ハチミツとクローバー」を見て ビデオで「ハチミツとクローバー」を見た。
昨年の公開時に、韓国人学生から、「先生、あまり面白くないよ」と言われたが、けっこう面白かった。
この映画はマンガが原作だ。マンガの作者はスピッツの大ファンで、タイトルも、スピッツの代表的なアルバム「ハチミツ」(「ロビンソン」や「涙がキラリ☆」所収)からとったらしい。そのアルバム「ハチミツ」には、「歩き出せ、クローバー」という曲が入っているから、そっちも関係あるかも。
美大生たちのいくつかの恋を描く、いわゆる青春モノだが、安易な人物設定をせず、雰囲気というか空気感をとても丁寧に描いている印象だった。主人公の蒼井優の演技が絶妙でとてもよかった。表情がすごい。嵐の桜井くんも、なかなかよかった。ふつうさ加減がよかった。
言葉に関わる仕事をしていてこんなことを言うのもなんだが、最近言葉って無力というか、難しいと思うことが増えてきた。ビデオの中に、登場人物の美大生の一人がバイトで小学生の絵画教室の先生をしているシーンで、「となりの人の雰囲気や香りを紙に描いてごらん」というセリフがあった。その美大生の女の子は、そう指示しながら、偶然居合わせた友人との会話の中で、「雰囲気や香りを描いてごらん、という指示だけで何か描ける小学生ってすごいよね。そんな感性、大人になれば消えてしまうのよ」と言っている。言葉の力ももしかしたら同じかもしれない。詩人のような人間だけが、空気や気分みたいなものを言葉で描けるのかもなあ。
先日、9月まで教えていた韓国人学生二人と食事した。二人とも12月と1月にそれぞれ誕生日だったので、新年会と誕生会を兼ねて。久しぶりに会った彼女たちの日本語はとても軽やかだった。「先生、今日は今まで何をなさっていたんですか。」「ああ、仕事だよ」「ええ~、今日は土曜じゃないですか。人に言えない仕事でしょ」「闇の仕事」「授業だよ」「闇の授業」「どこでそんな日本語覚えたの・・・・。」妙にテンポがよく日本語がうまくなっていた。「今ウイークデーは毎日遅くまで仕事があって大変なんだよ」「そうですか・・・。そんなお忙しいのにわざわざ時間を作ってくださってありがとうございます」そんな気の遣い方、どこで覚えたんだろう。日本的だ。そんなところは日本の文化に従わなくてもいいのに、と少し思う。
外国人との会話の方が、言葉の力をダイレクトに感じるのはなぜだろう。コミュニケーションがとれることの喜びがダイレクトに伝わってくるからだろうか。日本人同士の会話は何が伝わっているのだろう。あるいは、言葉以外でどんなことを伝えているのだろう。最近まとまりのない文で、私のいいたいことの雰囲気を伝えようとしているが、難しい。詩のようなものの方が伝わるのかな。もう少し苦しんでみるか。 January 09 一日中・・・ 今日は一日中机に向かっていた。勤務先のHPに、専任講師が持ち回りで「日本語の美しさ」というコラムを担当していて、その原稿の締め切りが近いのでずっと書いていた。(http://www.jp-sji.org/jp/index.php)私の最初の担当分が、今ちょうどトップページにあるので、よろしかったらどうぞご覧下さい。挨拶代わりに、源氏物語のことなども少し書きました。
ネタの候補はいくつかあって、その中からなるべく平易に、誰でも興味を持てそうな話題を考える。でも一方で、外に向けて発信する貴重な機会だから、自分のイイタイコトは何か、についても真剣に考える。私のテーマは日本文化だ。日本語教師という仕事を通じて、日本の文化を海外の人々に理解してもらいたい。では海外の人々にアピールできる日本文化は何だろう。私の手持ちのカードからいろいろ探る。いろいろ本をめくるうち、あっという間に4時間が過ぎた。時間のかけすぎだ。
書き始めたら1時間ほどで書けたのだが、まだ完成ではない。しばらく時間をおいてから、また見直そう。
文章を書くのは本当に疲れる。
話は変わるが、外国人が日本語を学ぶとき、どこまでできたら「すごい」と言えるのだろう。語彙のレベルが重要なのはいうまでもないが、私は「笑い」と「詩」の理解、これが一つのメルクマール(指標)になるのではないか、と思う。
「笑い」と「詩」には、共通点がある。どちらも非日常を本質として持つことだ。
また続きはこんど。 January 08 映画「ダーウィンの悪夢」を見て 最近、映画づいている。ドキュメンタリーが多い。
三が日には、「合唱ができるまで」というフランス映画を見た。文字通り、合唱のコンサート本番までの練習風景を淡々と描くだけの映画だ。ストーリーはほとんどなく、子どもや若い女性、年配の男性などいろいろなパートの練習の様子をひたすら映すのみ。ちょっと退屈したが、歌の教え方とかが日本と違っていて面白かった。
最近見たのは「ダーウィンの悪夢」という映画だ。テレビでもよく取り上げられていたし、朝日新聞社が協賛していたので、朝日新聞にも数回取り上げられたので、ご存じの方も多いだろう。これも、ストーリーはなく、ひたすらタンザニアのヴィクトリア湖畔に生活する人々の様子を流すのみだった。もしかしたらこれから行かれる方がいるかも知れないのであまり詳しくは内容に触れないが、ナイルパーチという魚をめぐって、貧困や戦争の問題が浮き彫りになる現実を実感できた。映画館に映画評がいくつかあって、その中に「知識ではなく意識が重要」とあった。映画を見る前からある程度予備知識はあったが、映画を見て本当にショックを受けた。でも、現実は変え難い。生きることの意味とは。
今年は映画をたくさん見よう。美術館・博物館にも足を運ぼう。そして、人生と向き合おう。 January 03 時計職人 年明け2日、腕時計が止まった。新年早々、縁起が悪い。
昨年の10月ごろにも、一度2時間ほど遅れたことがあったので、調子が悪いなあ、とは思っていた。昨年の4月に電池交換したばかりなのに、どうして・・・。
この腕時計は、もう20年以上使っている。今でも覚えているが、中学校入学のお祝いに、祖父からもらったお金で買ったものだ。松山のメインショッピングストリート、「銀天街」にある老舗、中島時計店で購入した。ちなみに中島時計店の息子は学習塾、中学高校の同級生だ。今度同じ中学へ進学したことをさりげなく告げると、ちょっとだけ勉強してくれた。確か、5万円ぐらいだったと思う。当時と今は、それほど物価の差はなかったように記憶している。「LANCEL」という地味なブランドのロゴが入っている。シルバーを基調に、ゴールドの縁取りが本体・ベルトに施されている。
自分ではそんなに古いものを使っている意識はなかったが、非常勤先の大学の学生と時計の話をする機会がたまたまあって、そのときに、自分の時計をいつ買ったか聞かれて、改めてこの時計との付き合いの歳月を意識した。ふつうは時計ってもっと頻繁に替えるのかなあ。特に物持ちがいい、という人間でもないのだけれど。
ここで声を大にしていいたいのは、時計が止まるのは、時計のせいではない、ということだ。これは人災、電池交換した時計屋のせいである。時計屋よ、もっと勉強してください。別の時計屋にお願いしていたときは、一つの電池が二年きっかりもったのだから。これは、絶対にそうだ。
話は10年(?)ほど前にさかのぼる。そのとき私は大学4年生(か大学院生)だった。私の大学は総合大学なので、大学の中ですべての用が足せるほど何でもある。生協や食堂、ATMはもちろん、床屋とか靴屋、スポーツジムまであった。最近は老舗洋食屋が支店をオープンしたと聞いている。その中に時計屋もあった。
大学の外で用を足すのが面倒で、時計の電池が切れたある日、初めて学内の時計屋を訪れた。製本屋と靴屋の並びの隅の3畳ほどのスペースが時計屋に与えられていた。小さいショーケースが一つと、修理用のパーツやら工具が積まれた机が一つ。シンプルな店だ。すでに先客が来ていて、時計屋の主人と何やらもめている。わたしと同じく電池交換を頼んでいるらしい40代ぐらいのその男性は、あまり時間がないらしく、すぐに換えてくれ、と交渉しているが、時計屋の主人は、やってみないとどれぐらいかかるか分からないから責任が持てない、と言っている。その客の他には仕事もないようだし、時計の電池交換がどうしてすぐできないのだろう、と疑問に思っているうち、先客はあきらめて帰った。
その時計屋の主人は、どうみても70歳は越えている。本当にこの人で大丈夫だろうか、と疑念を抱いたが、電池交換がすぐできない理由を知りたいという好奇心が優り、お願いすることにした。時間が有り余っている学生の特権だ。
「急ぐなら他へ行ってくれ」言い方はそっけないが、決して客をないがしろにする言い方ではなく、お客に納得いただいてから責任を持って仕事をする、という姿勢が伝わってきた。私はある種の安心を抱き、黙って時計を預けた。それが向こうにも伝わったのか、少し口が軽くなり、電池交換をしながらずっと、時計の話、自分の職歴の話を次から次へ問わず語りしていった。
彼の話すところによれば、こうである。彼は15歳からこの仕事を始め、もう60年以上この仕事を続けている。今はもう80に近い。でも何とかこの仕事を続けている。50,60の職人なんて、まだまだ俺から見ればひよっこだ。大体、電池交換で電池交換だけやって終わり、というのは時計屋の仁義に悖(もと)る。電池交換は使っている時計をチェックする数少ない機会だ。時計というのは使っていると、どうしても汚れがたまる。それを定期的に除いてやらないと、電池もすぐなくなってしまうんだ。だから、時計があまり汚れていなければあまり掃除しなくてすむから時間も短く値段も安くてすむ。でも、汚れがひどければ時間もかかるし値段も少々張る。それがうちの商売の仕方だ。確かにふつうのところより電池交換の値段は高いよ、でもその分、必ず電池は長持ちするはずだから。電池に日付を入れておくから、今度から確認してごらん。
その日は約30分ほどかかり、ようやく電池交換が終わった。3000円と少しかかったと思う。次にその腕時計が電池切れになったのは、約二年後のことだった。まだ大学院にいた私は、遠い記憶を呼び起こして、再びその時計屋に行った。ご主人はまだいらっしゃった。また同じように「急ぐなら他へ行った方がいいよ」といい、同じように問わず語りを始める。昔の客なんて覚えていない。「ああ、前にうちで交換したんだねえ。ちょうど2年だよ。」今でも忘れないが、ほんとうに二年ぴったりだった。前回が9月11日。今回が9月13日。でも、止まったのは昨日だ。すごすぎる。それに、当たり前のように思っていたが、この店に来る前は、1年に1回ぐらいの頻度で交換していた。一気に電池が長持ちになった。すごい!!
大学院を出てからも、何度かお邪魔した。2003年ごろに行ったときは、週に2、3回ほどしか来られず、会うのに苦労した。それから行くのをやめにした。大学に行くのが不便だからではない。いくら不便でも、この信頼を得られるのであればどこへでもいく。そうじゃなくて、今度行くと、お店がなくなっているような気がして、怖くて行けなくなったのだ。最後にお会いしたときは90に近かった。まだお元気でいらっしゃるだろうか。あの人のファンは、あの大学には多いことだろう。
というわけで、いろいろ新たな信頼に足る時計屋を探しているのだが、なかなか見つからない。どこか、いい時計職人の店があったら、教えてください。 January 02 猪勇の民 猪勇の民 (2007年 元旦)
凍て月や 参道埋める人・ヒト・hito 牛の歩みの尻尾も次々生えてきて楽しげに待つカウントダウン 広東語日本語つなぐ笑顔六つ寄り合いながら寄せられながら ジャムのごと動かぬ列のその脇の細い避難路のみ足早に 避難路を往く人わりとうらやまし 「高速道路」呼ばわりしてみる 急に一人おなかがいたくなってみたい「高速道路」に乗りたいがため 人波にもまれや富士山麓まで 「あと90分」の声がかすかに 初詣 猪勇の民の順序よく お賽銭舞うよ一瞬 あっけなく 目をつむりしばらく祈る君の顔 「何を祈っていたの」とも言えず 明治神宮のあと浅草寺へとはしごして世界平和と良縁願う 「隅田」とは「角多」の意味と教えおり いくつもの橋くぐりぬけつつ 海のあをただよふわたし あのときの君の顔ただ考えながら 初日暮れ 都会の光 海に泳ぐ |
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